第2話


1.

「どうぞ。召し上がってください」

 彼女は先程の凍てついた感じを一転させて、困惑している様子が伝わってくる。無理もない。あれ程イキリ散らしていた男が、ネコでも被っているのではないかと疑われても仕方がない。

「はい…ありがとうございます」

 少々戸惑いを明確に表現するように、声は少し震え、双眸は鋭利から柔和なものに変化した。きっとこの優しい眼が、彼女本来のものなのだろう。マグカップを右手指で取っ手を取り、左手で器を添えるように口元に引き付けた。穏やかだった。その所作、眼差し、喉へ流す姿も、全て。

「貴女も同じ貧民窟の出とは…失礼いたしました。御無礼を御赦し下さい」

「いえ、其処迄気にして居りませんから。そう何度も謝られても、私としてはどうすればよいのか解りません」

淡白ながらも、何処か俺を許容してくれたような雰囲気があった。何故そんなことが解るのかと、そう言われれば確たる証拠を突き出すことは出来ない。でも、同じあの地獄の掃き溜めから生き延びた者として、共通している。共にこの経験を分かち合える安心を、このほっと肩を下ろした彼女の姿から解る。

「失礼ながら、デボラ将軍は何方の御出身なのですか?」

「私は自分でも出自が解りません。あらゆる国を行きずりで彷徨って、そして知らぬ間にあの貧民窟に居ました。何時かこの腐った国を飛び出して、真の幸福を掴むと願い続けて来ました」

 この国で出自不明であるという事は、特段驚くべきことではない。俺の母もそもそもは奴隷だ。そして生れ堕ちた俺も奴隷。あらゆる国を跨ぐことが赦されているのは、天界の腐った性根を持つ馬鹿な神々がを果した時か、俺達が住んでいる人間界に悪戯に来る妖精。そして人間のクラスならば行商と奴隷商だけ。

 そして最後は俺達の住む世界を食い荒らす転生者糞どもだ。

 


2.

彼女の語る眼は眩しかった。血肉を削い上げて地獄の焦土を転戦して居る歴戦の若き狂戦士バーサーカーとしての腕は、この王宮で暮らすようになった俺には全く触れないと思っていたが、噂では耳にしていた。彼女の剣は、炎属性の魔剣、『纚㷋アパスターレン』。三千年前に、この帝国を開拓した初代王たるギュルヴィが差していた聖剣だ。朽ちぬ炎を纏い、魔界から噴き出す連中を薙ぎ惔いたという。

 その初代王とオフェーリア様との間で取り交わした建国宣言。今俺達が住んでいるこの神殿から、この国の歴史は始まった。荒漠した大地に、互いの霊魂を割譲して一輪の花を植えた。それは一気に広がり、緑の大地へと息吹を巻き広げて、精霊たちが祝福を授けに遣って来たという。その花の名は、絆の花リリコンバーリ。この神殿の象徴であり、国花である。

 そんな美しい世界が出来た筈なのに、その初代王から脈々と受け継がれてきた皇族は、酒池肉林の数々を繰り返して、その当てつけは、俺が以前いた下層階級へと滞りなく流れていく。この国で平穏に生きるには、生れにして皇族や貴族に生れるのか、その取り巻きの役人の一族に成るのか、軍人として血を吸いながら無情に生きるしか無い。

 金持ちに生れるのも、才能の内。恵まれた才能だ。そして昨今この帝国にも流れ着く転生者糞どもが湧くようになった。彼女が後に続けたその現実は、ずっとこの宮殿暮しを享受してきた俺は、自分が何と情けなく、何も視えていなかったのか、気づかされた。

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