ぽっと出異世界チート主人公に人生奪われたので全力で取り返す

贋作偽筰

第一篇 Lagom-沖気-

第1話

玉座につく


火を呑み 水をまとい 風の杖を持ち 地を呼吸する 私は三界の王だ



※チョギャム・トゥルンパ、高橋ユリ子+市川道子訳『タントラ‐狂気の智慧』めるくまーる社、1983 14p





一.

 まただ。俺の人生は常に誰かに奪われる。どれだけの苦境や、苦難を通り越すために多くの努力を賭しても、この世界の神は、それを許してはくれない。

 ストラーヴァ帝国の住む大地の女神オファーリア様に救われた俺は常に、この世界の神に嫌われた生き方のみを許容されている。ダークエルフの女奴隷として幾大陸に渡って売り回された挙げ句、この国に辿り着いた母は、人間の領主との間に俺を儲けた。父は酒におぼれて俺たちに手を挙げた。その生活から逃れるように俺たちは逃げ出し、路上で盗みや物乞いで死にかけながらも命だけは繋いできた。

 しかしいつまでもそんな生活がまともに機能するわけではない。母は心労と過酷な生活に耐えきれなくなり、病弱がちになって病に臥せるようになった。回復魔法は習ったこともなく、魔導士に治療を依頼しようにも奴隷生まれの俺に耳を貸すことは誰がするだろうか。何度も近所の魔導士の診療所に駆けこんで土下座して頼んでも、いつも蹴り出される毎日。日雇いの薬草集めの仕事をしながらこっそりネコババしたものを母に届けて飲ませていたが、仲間の密告でばれた。

 帝国政府は我々のような貧民窟での生活を、“帝都の神聖なる土地を汚す”として、皇族騎士団を使った取り締まりを徹底的に行う指針を突如として発表した。些細な罪から、国家転覆の陰謀迄、あらゆることが密告の対象になり、懸賞金ものせるということであった。然しその額も大したものではなく、男なら一日酒場で浪費すればすっかんぴんになるほどの程度のものだった。俺はその金の為に売られたのだ。

 監獄にぶち込まれて、今までの盗みもばれ、三年の懲役刑を受けた。十二歳で俺は母と離れ離れになってしまった。鉄の鎖を足と手につけられ、毎日騎士団の苛烈な拷問に耐え、毛布一枚で寒くてかたい石の床に身を横たえ眠りも出来ぬ眠りについた。然しあまりにも収容者が増えすぎたためか、突如皇帝の恩赦が下り、二年後釈放された。そのまま急いで帰れば、そこは中流階級の商人たちが営む市場へと姿を変えていた。何とか母の居場所を訊いて回ると、どうやらオフェーリア教会の修道院に引き取られたという。

 オフェーリア教会はこの国で唯一政府から公認を受けて活動する慈善団体だ。何度も配給や生活支援の為にシェルターなどを用意してくれたが、やはりこの国はそもそも我々のような貧困にあえぐ者が多すぎる。俺たちの家族はいつも、押し寄せる群衆の波に揉まれ、その施しを受けることができなかった。教会も抽選を導入するようになり、その活動を縮小していった。

 俺は山のふもとにある修道院を訪ねた。シスターが母の処に案内してくれたが、彼女の姿はもう死相が浮かぶほど死への道が近づいていたことが分かった。何度も泣きながら謝ったが、彼女は攻める事一つせず、笑って俺の頭を優しく撫でてくれた。


 「大丈夫です。貴方はとても優しい子。私が産んだ子ですから.......。私こそごめんなさい。貴方に盗みまでさせてしまうほど、弱ってしまった」


 俺はその時決意した。必ずや俺はこの帝国で一番強い騎士として、その活躍を認められ、この国に蔓延る全ての不幸を撲滅する。もう二度と俺たちのような涙を流さなくて良くすると。そして母と共に、大領地で穏やかに過ごすと。


二.

 この劣悪な環境から解放されるように数千年も生き続け、この国を護ってきた大地の女神と呼ばれる美しき女性神官のハイエルフ、オフェーリアが統治する大神殿“ヴァルハラ”に何度も足しげく通い、町でなけなしの金でかきあつめた食物を捧げ物として奉納して祈りを捧げた。礼拝者たちは襤褸切れしか着ていない俺を嘲笑い、格安で手に入れた奉納用のオークの肉を、穢れた血を持ち込んだとして俺の頭を何度も踏みつけて公衆の面前で晒された。俺は聖域に最も穢れた情欲の獣とされている、オークを持ち込んだのだ。まともな肉は到底手に入る品物でない。だから、闇市で蟲のたかったこれしか手に入らなかったのだ。

 「止めなさい」

 大理石の大きな吹き抜けが広がるその大広間に、逞しく、そして聞いたこともないほど美しい音色の声が聞こえてきた。誰だ、こんな郎党の俺を護ったのは。まだこの世には俺に手を貸してくれるささやかな優しさというものが存在したのか。

 「オフェーリア様!!!」

 先ほどまで俺を殺さんばかりに目を血走らせて袋叩きにしていた参拝者どもは、水を打ったように静かになり、その暴行は止んだ。

 嘘だろう、さっき女神さまの名前を呼ばなかったか。俺はうすれゆく意識の中で、何とか頭を持ち上げて、声のした方を見た。ぼやける視界にハッキリ映った。

 背丈はそこまで大きくないが、その透き通るような白い肌、そして金色の糸で紡いだような絹の織物と言えるほどの美しい長髪、俺と同じ長い尖った耳、一枚の布で体に巻かれたトーガ。流石大地の象徴の具現化というべきか、豊満な体つきが布より浮かぶ。そして聖樹イグドラシルの枝で造られたであろうこげ茶色のサンダル。そして全ての生命の魔法を司るとされる杖、ノルンを手にしていた。

 「可哀想に.......。ずっと私の神殿にいらして捧げ物を持ってくる方がいるとほかの神官から聴いてはいましたが、貴方だったのですね」

 「女神様、どうか、ご無礼をお許しください。でも、私には、もう何もないのです。母もあと少しで死の道を歩みます。私も奴隷の生まれですから碌な仕事もつけずにその日暮らしの日々です。だから、せめて少しでも生活がよくなるように女神さまに祈りを捧げていたのです.......」

 身を屈めて俺を優しく見つめた彼女は、その美しい瞳を潤ませながら俺に掌を伸ばした。あの目の美しさは翠玉をいくつ集めても再現しきれないものだった。

 「何をなさるのですか.......」

 「平気です。哀しみに包まれた貴方を今癒します。じっとしていなさい」

 涙を流して打ち震える俺を、彼女は優しくその掌で頬を包み込んでくれた。

 「大地の聖霊、海の聖霊、火、空気、風の聖霊よ、貴方方に命じます。この哀しみ、打ちひしがれ、生命への道を運命によって歩みを外されてしまったこの方に、安らぎと癒しを与えなさい。悠久の祝福を授けなさい」

 俺の体は思っても居ないほど安らかで、慈しみの寝床で穏やかな風に揺らされるように安心しきっていた。

 「これでもう大丈夫です。立てますか?」

 「はい、女神様。ありがとうございました」

 「恐れ多くもオフェーリア様、こ奴は穢れた血を持ちこんだ奴隷ですぞ」

 俺が何度もこの感謝しきれない奇跡に何度も嗚咽して彼女に深く礼をしていると、突き刺さる憎しみの目を持った会衆が集まってきた。

 「貴方たちは大地の地平で上も下もあると思っているのですか。いいですか。万物は地から生まれて地に埋もれて還っていきます。貴方たちもそうです。神殿にいくら高価な献金や貢物をしても、彼のようになけなしの捧げ物の方がはるかに神々は喜ばれます。憎しみを宿した心はここには要りません。それでもこの人を憎むなら、今すぐ立ち退きなさい」

 彼女の一喝を受けて、先ほどまで殺気を込めた罵りと視線をむけていた群衆は怯えたように足早に去っていった。

 「これで静かになりました。平気でしたか」

 「まさかここまで大きな騒ぎになるとは、神前で大変申し訳ございません。もう二度と拝謁いたしません。どうかお許しください」

 俺は恥に押し殺される勢いであった。大地の女神の前でとんだ恥をさらした。この騒動は間違いなく瞬く間に帝国に広がる。六千万の人口を誇る一大国家の七割が信仰しているオフェーリア様の出来事が、俺の一つの行動で決定的な事件になる可能性もある。間違いなく神前侮辱罪という、国家反逆罪よりも重く、法定刑が苦悶の拷問魔法を使った死刑しかないその罪に問われるのは決しただろう。だったら隣国でもなんでも母を連れて逃げるしかない。そう思って飛び出したその時だった。

 「待ちなさい、リュッカ」

 女神さまは俺の名前を呼んできた。俺は思わず足を止めて恐る恐る振り返る。

 「はい、なんでしょうか」

 「先ほど貴方の歩んできた軌跡を見せていただきました。そこで私は一つ決断をしました」

 「それは大変汚い記憶をお見せしてしまいました.......。然し私のように苦しむ民はほかにもおります。どうかご寛仁を.......」

 「リュッカ、今から私の宮殿に移り住みなさい。勿論貴方の母上も一緒です。直ぐに手配します。さあ、こちらへ」

 そういうと、付き従えた女官たちが俺を大神殿の奥に浮かんでいる彼女の住まい“オフィル”へ連れて行った。俺は逃げようとしたが俗の嫌らしい考えが直ぐに過った。

――待て、ここで逃げたらまた貧民窟行きだ。そして一生獣のように泥水を啜って生きるのだぞ。これは女神さまのお与えになった慈悲だ、チャンスだ。そして俺たちが幸福になったところでこの国の何が不幸になるというのだ。俺と母の二人位倖せにもなっていいではないか。

 「はい、ありがとうございます」

 

三.

 オフェーリア様が奴隷の親子を引き取って生活させている、このニュースは直ぐに帝国はおろか大陸にも拡散されていった。当然帝国議会や皇族から反対意見が相次いだが、「これは預言です」と勅令を出したことで一気に鎮静化した。俺達の生活は次の一つの言葉で十分すぎる説明ができるものだった。“楽園”だ。母の病状はオフェーリア様の魔法できれいさっぱりに消え去った。俺達の苦労は何だったと嬉しい悲鳴が出るほどあっさりと快癒した。勿論今日の金にも、飯にも、寝床にも困らない。寝そべっているだけで給仕が飯も上等な召し物も毎日持ってきてくれる。オフェーリア様が毎日一緒にいてくださる。母も好きな趣味を持って笑顔を毎日振りまいてくれる。そして魔法、文字の読み書き、古文書の勉強をさせてもらえる。御伽噺の絵本に飛び込んだような生活を送っていた。

 当然、俺はなまけてしまった。急に万物を手に入れた生活。貧しさも苦しさも一瞬にして忘れた。もう貧民窟で見た過酷な生活なんて自分に無関係だ、俺と母だけ幸せになっていけばいい。オフェーリア様には毎日感謝の祈りを捧げて喜んでいただけている。騎士になって全ての不幸を失くす、そんな高尚な夢を世俗の富に呑まれた俺は捨ててしまっていた。そんな生活を二年送って十六の年を数えたころだった。全く学校にも通えることも出来なかった俺にとって勉学は愉しくて仕方がなく、上級魔法もいとも簡単にこなせるまでになっていた。俺を今まで馬鹿にしてきた騎士団の連中は俺に出くわすとごまをするように近づいてくる。


 「リュッカ様!!!どうか私たちに呪いの魔法をおしえてください。今すぐにでも北方のダークエルフの女王が統治するバビロンを制圧して武功を挙げたいのです!」

 「馬鹿どもが。誰に口をきいて居る。私はオフェーリア様より導かれた子リュッカなるぞ。貴様ら血しか知らぬ下賤なものと違って私は高尚なのだ。無礼の程知れ」

 「私は貴方と同じ貧民窟で育ったものです。貴方が女神様のご神託にあやかって引き取られたのは知っております。然し、お忘れなく。私たちのように生きるためには血を流さねばいけぬものもおります」

 「なに?」

 「おい、口が過ぎるぞデボラ!!!大変失礼いたしました。私の出過ぎたバビロンへの渇望でご無礼をッ、ほらお前も謝れ」

 出しゃばってきた女戦士、きつい歴戦の戦士と言えるほどの目つき。然しこれは俺も知っていた。あの貧民窟で生きるために獣になるしかなかった者が宿す生きる本能の目。俺も経った二年前までしていたではないか。青い長髪を美しく下して、その体躯を見ると、荒れくれものしかいない騎士団の中でも、男に負けず、こびず腕っぷしだけで上がってきたのだろう。上級将校としてこの宮殿に来れるほどの実力なのだ。

 俺は彼女の反抗的な態度にやっと気づいた。そうだ、俺は何の為に生きてきた。立った二年で忘れていた。恵まれ過ぎた環境に甘えて、苦しんでいる人々の生活をどうでもいいと思っていた。彼女はその使命を忘れていない。恥ずかしかった。俺よりも数倍上手だ。だって、彼女は俺と同じ貧民窟で育ったはずだ。俺は女神様に奇跡的に救い上げてもらったが、彼女は自分で騎士団に加入してたたき上げで此処迄来たのではないか。

 「いや、俺こそ謝らねばいけない。すまない」

 「デボラ、と云ったな。詳しく話を聞かせてくれないか。俺の部屋でお茶を出そう」

 「夜の営みをしたいということでしたら、オフェーリア様の神殿外でお願いします。貴方の欲望でこの聖地が汚されたとなれば帝国の威信に関わりましょう」

 「違う!そうじゃない。お前の出自やここまでにいたる話を聞きたい。全くそんな情欲の目で見ていると勘違いしてくれるな。俺はそこまで堕ちてはいない」

 「そうですか。大抵の権力を持った男や"転生者"達は私のことを力ずくでハーレムに加えようとするものですから、貴方もその一人だと思っていました。失礼しました」

 「いえ、此方こそ、失礼しました...。貴女の心の傷も何も知らずに、私は同じ出自な筈なのに目が覚めた。ありがとうございます」

 そう言って俺は深く頭を下げた。そうだ。彼女も被害者だったのだ。この世界で度々問題になっていること。それは"転生者"と呼ばれる異世界の存在。

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