失われた冠

 お屋敷に盗人が入ったというので駆けつけると、気弱そうな娘がひとり所在なく立ち尽くしていた。

「奥さまはどちらに。他の人々は?」

「誰も居りません。私が主です」

 私が問えば、娘はそう答えた。

 そんなはずはない。お屋敷の女主人は銀の冠を額に頂いた立派な方だ。しかし眼前のはかない娘の面差しには、確かにどこかしら憶えがある。

「女主人の装いは持ち去られ、その力は失われました。皆どこかへ行ってしまいました。私もまもなく姿をなくすでしょう」

 話し終えたその人は、煙のようにほどけて消えてしまった。

 盗まれた銀の冠はついぞ見つからなかった。

 私はもう、お屋敷の場所を思い出すこともできない。


(お題:装う)

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