ふしぎの国の300字

阿木ユキコ

第1集

魚を数える

 早朝に湖畔をそぞろ歩いていると、目の前を横切るものがあった。

 濃く冷やりとした霧の向こうから現れたそれは宙を泳ぐ無数の小魚だ。

 うすぎぬのごとく一体となりひるがえる群にはいったい何尾の魚が居るのだろう。数えてみれば、折り曲げた指と唱える数字が増えるその都度、透き通った身体の魚はぱちんと音を立てて弾ける。

 軽妙な音階、垂れる銀色の雫。ひいふうみ。夢中で指折り数え小さな魚を潰した。

「これなる旅路は始まったばかり。どうぞ無体をしてくれますな」

 耳元で女の囁き声がして驚いて振り返ると、誰もいない。

 顔を戻した先に魚の群はもはや見えず、指先に光るあぶらの跡がどうにも生臭かった。


(お題:折る)

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