第四話 レンジと虎くん



「ひ、姫様。お荷物は私共が運びます故……」

「ん?大丈夫だよ。これくらい、何時も運んでいたから」


 折り畳み式の台車に電子レンジを乗せて歩く。私の周囲を鰻さんたちが、おろおろと動き回っている。心配をしてくれるのは嬉しいが、これでも家電販売員として働いていたのだ。少しは体力がある。


「しかし……」

「運ぶのは大丈夫。それよりもコンセントの場所って何処かな?」


 私が寝かされていた部屋の縁側まで辿り着いた。電子レンジを両腕で抱えると、コンセントの位置を訊ねた。家電を設置する際に、コンセントは不可欠だからだ。


「こ? こんせんと? ですか?」

「……あ、電気無い世界だった……」


 私の言葉に首を傾げる鰻さん達。彼女達の困惑する様子を目にして、この世界には家電が存在しないことを思い出した。つまり電気もないということだ。家電を手に入れた喜びで、すっかり忘れていた。レンジを畳の上に置くと、レンジを抱え込むようにして座り込む。


「ひ、姫様!?」

「うぅ……」


 相棒と再会をして手に入れた家電だというのに、電気が無く使用できないなら意味はない。鰻さん達が心配そうにしているが、痛心中の私に答える元気はない。


「がぅ!」

「う? え、虎?」


 何かの生き物の鳴き声が聞こえて顔を上げる。すると金色の毛を持つ、小さな虎がこちらを見上げていた。虎の赤ちゃんが突然現れるとは、流石は異世界である。


「あ、いえ……そのお方は……」

「ぐぁ!」

「こらこら、鰻さん達に吠えちゃ駄目でしょう?」


 鰻美さんが何か言いかけたのを、虎くんが吠えて遮る。鰻さん達は、その鳴き声に萎縮しているようだ。私は虎くんに声をかける。


「……ぐぅ」

「あ、こら……」


 虎くんは低く鳴き声を上げると、電子レンジのコードに飛びついた。電源が入っていないとはいえ、コードで遊ぶのは危険だ。止めようとすると、電子レンジの電源が付いた。


「……え!? 点いた? あ! お芋あります?」

「は、はい。こちらに」


 どういう原理かは分からないが、電子レンジが使用出来る可能性があるなら試してみる価値がある。鰻絵さんに尋ねると、お皿に乗ったお芋を渡された。それを電子レンジに入れ、ダイヤルを回しスタートボタンを押した。


「動いている」


 電子レンジの扉の硝子から、中を覗き込むとレンジは通常通り稼働している。そのことに安心をしていると、電子音が響いた。温め終わったようだ。


「おぉ……温まっている。ん! 美味しい!」

「姫様? その箱は一体……」


 扉を開けてお皿を取り出す。手に持ち二つに割ってみると、ほのかに芋からは湯気が立ち込めた。一欠けらを口にすると、甘い芋の味が口の中に広がる。


「これは、電子レンジと言って……私が元居た世界で食べ物を温める道具です」

「まあ! そんなことが出来るのですか?」


 不思議そうな顔をする鰻絵さん達に、簡単な説明を口にした。彼女達の驚く様子に、他の家電製品も使って見せたい気持ちになる。


「虎くん、ありがとう」


 コードから離れた虎くんへと近寄り、芋を差し出した。焼き芋を温め直すことが出来たのは、彼が電気を代用してくれたのだ。不思議な話だが、そうとしか電子レンジが稼働した理由が見つからない。虎くんからは電気が発生しているのだろう。異世界とは不思議なところだ。

 

「ぐるぅ……」


 彼は奪う様にして焼き芋を口にした。愛らしい姿に頬が緩んだ。

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