16 夏焼 家から飛び出して
授業も終わったし、今日はバンドの集まりもないから図書室で夜まで時間潰すか。夏の試験ももうすぐだから、一応チェックしときたいし。途中まで読んでる本もあったな。続きを読もう。
下校生の波に逆らうように、俺は図書室の扉を開けた。今日もたいして人は居ない。みんなどこで勉強してるんだろ。あぁ、塾か。よくあんなとこで集中できるよな、関心するよ。
適当な席に座ってノートを広げていると、図書室の奥から冬川がでてきた。俺は声を上げずに手を振った。ジェスチャが伝わったのか、冬川は控えめな顔で控えめに右手をあげて返事をしてくれた。
帰るのかな。くしゃみを一回。その瞬きの間に冬川はいなくなっていた。
神崎先生が見回りに来るまで、俺は図書室でテスト対策をした。途中、肥後が書いた曲の譜面を眺めて頭の中で音を再生した。学校祭に向けて練習している。夏をもっと楽しみたいけど、学祭も待ち遠しかった。
途中で眠たくなって、譜面の上にペンを落としてしまった。おかしいな、鼻もむずむずする。俺は鞄からティッシュを取り出して鼻をかんだ。「もう時間だよー」と促されて俺は席を立った。
学園前の駅から電車に乗る。外はまだ明るい。夕飯をどうしようか考えながら最寄り駅で降りて少し歩いた。ここんとこコンビニばっかりだったから何か作って食べたいけど、食材何があるかな。
マンションのエントランスを抜けると、俺はいつもどおり憂鬱な気分になった。なんで家に帰るのに気分が盛り下がるんだ。おかしいだろ。もっと「ただいま~」って言ったら「おかえり~」みたいなのが、普通なんじゃないのか。俺の普通はどこへ消えたんだ全く。
玄関のドアを開けた。
しん、と静かな廊下が続くことに嫌気がさした。それ以前に、あのいまいましいペタンコ靴が親父の革靴の隣に並んでいる。心の底からため息をついて、靴を脱ごうとした。
しん、とした中の違和感。人がいるはずなのに、磨りガラスドアの向こう、リビングは薄暗い。きっとそこに誰もいない。
俺はふと、寝室の方を見た。まだ寝るには早い時間だってのに締め切っている。でもそこにいるはずだ。親父とあの女が。
玄関ドアが開けば、さすがに俺が帰ってきたことはわかるだろう。そしたらあの女はいつも、馴れ馴れしく声をかけてくるのに、寝室から出てこない。
いや、出てこないんじゃなくて、出てこれないんだ。
”別のことに夢中”だから。
俺は吐き出しそうな気持ちを抑えて家から飛び出た。そして鍵も掛けずエレベータに直行し、マンションから逃げるように走った。一人息子が帰ってくる時間に何やってんだよクソ親父。
駅まで止まらずに走り続けた。頭の中を空にするみたいに、走った。
少し冷静になって、どこに行こうって考えた。アテがないわけじゃない。あの人なら頼れそうだけど、あんまり迷惑掛けたくないし、そもそも曜日的に店にいるかな……。
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