第39話 人間の材料

 リュウがプリムラの家を出ると、集合住宅フラットの前の通りに男が待ち構えていた。フリンジだらけの奇妙なお仕着せ姿の優男だ。


「あなたはたしか左大臣のお宅の」


「はい。普段はマーク・マロリーの私邸でフットマンを務めております。本日は使者メッセンジャーとして参りました。あるじより、二度目のご招待でございます。どうぞ、こちらの馬車にお乗りくださいませ」


(ははあ、なるほど。向こうから来たか)


 リュウは会釈をして馬車に乗り込んだ。


 * * *


 時間は少し戻る。


 ニューキャッスルの地下牢を脱出して女王の計画に参加していた期間、リュウはイーストスラッグで寝泊まりしていた。


 そこは王都の東の外れの貧民窟で、建造物の管理も住民の管理も不全なために、逃亡者の隠れ場所として機能する。

 リュウがここに滞在することを決めた時、最初に向かったのは、かつての『カンクロ』の贋作製造現場だった。


(何か残ってるかと期待したけど、綺麗に全部なくなってる。捜査も終わっているようだし、この建物の地上部分に留まろう)


 その周辺は、他の場所に比べて静かで、心身を休めるためには良さそうだった。

 スラムの住人の平均年齢は若く、人口は過密だ。プリムラが一人で住んでいるのと同じ広さの部屋に、ここでは家族十人が身を寄せ合っているというのも珍しくない。無気力な住人が多いとはいえ、若年層が多ければ騒がしいものだ。秩序のないざわめきの広がるイーストスラッグにあって、この静寂は貴重だった。


 ここで寝泊まりをすると、すぐにリュウは静けさの理由を知ることとなった。


 夜な夜な魔道士の集団が現れては、魔術の演習をしていたのだ。

 何度かリュウは物陰に潜んでそれを観察した。虫や小動物の複製、殺害の後の復元などが見えた。


(なるほど。そりゃあ誰も近づかなくなるわけだ)


 生物を対象とした複製と復元は、忌み嫌われる。何か生理的な嫌悪感をもよおすのだという。

 ところが、百匹の害虫を材料にして、一匹の益虫を百匹に複製するといったようなケースは歓迎される。なんとも勝手なことだが、ここに需要があり、研究を行う魔道士の集団がいくつか存在する。

 なかなか稽古の場を確保できないので、イーストスラッグが選ばれたのだろう。


 ある時、妙に警戒心の強い一団が現れた。

 周りに誰もいないことを念入りに確認している。


「俺たち以外の人間が近くにいるな。魔道士、か」


 リーダー格の魔道士は、辺りを見渡し、そう声に出して確認した。

 リュウは息を殺して潜んだ。魔術で脱出するとマナが光って目立つため、それは避けたかった。


「今日は止めだ。帰るぞ」


 リーダー格が言い放ち、子分が転送魔術を唱え始めた。一般的な五段階術式のため、宛先が聞こえる。


「宛先指定:トラストスクエア22番地」


(それって……マロリーの邸宅じゃないか)


 この頃、女王の計画に参加していたリュウは、それ以上の深追いができなかった。女王に報告する機会もなかった。


 * * *


 しかし、衝動的に女王の元を離れた今、マロリーの方から接触があったのなら、それを利用しない手はない。


 慣れない馬車に揺られ、高級住宅街トラストスクエアへ向かう。


 先に降りた優男が邸宅の扉を開け、リュウを招き入れる。

 マロリーの書斎の壁に沿って並べられたキャビネットの一つを、優男が軽く押す。するとそのキャビネットが静かに横にスライドした。その下の絨毯を剥がすと、地下への扉が現れた。

 狭い階段を降りる。

 そこは魔道ラボだった。

 双頭のヘビや、足の多すぎる虫、毛玉のように羽を増やされた小鳥などの入った籠が目に入る。


(エミリーが言ってた隠し部屋ってこれか。歯や目玉が散らばっていたって聞いた時は殺人かと思ったけど、見た感じ、複製の魔術の研究っぽいな)


 自然に存在する細胞が分裂する現象をつかさどるのが、複製のマナだ。それを人間の都合よく使えるように魔術として工夫したものが、複製の魔術となった。


「ようこそ、リンドウ・リュウ殿」


 奥から左大臣が現れた。

 リュウは無言で会釈する。


「これは非公式の場じゃ。お主の現在の立場は気にせずに、わたくしの話を聞いてくだされ。さて、まずはこの部屋を見てどう思った?」


「複製の魔術の研究ですね」


「その通り。ではその目的は何だと考えた?」


「あくまで私見ですが、上流階級に向けて身体のパーツのを製作するためかと。軍事目的で同様のことをするのであれば、魔道省の管轄ですので。ただ、パーツを作ったとしても、保管が困難です。それよりは復元や再生の魔術の研究をされた方がよろしいかと……」


「半分正解じゃ。その目的も、ないことはない。だが、本来の目的は、違う。復元や再生では意味がないのじゃよ。お主も食べたであろう? 複製肉を」


「はあ。同量の材料と大量のマナを確保しなければなりませんので、あまり費用対効果が良くないと思いますが……」


「ああ、言い方が悪かった。最終目的は肉ではない。人そのものじゃよ」


「王侯貴族がスペアを欲しがるというのはよく耳にしますね」


「それもそうじゃな。しかしわたくしの最終目的はそんな小さなことではない。魔道エネルギー革命じゃ!」


 左大臣はリュウの反応も見ずにとうとうと語り続ける。


「たしかに、大型の動物一頭をまるごと複製するのは費用対効果が悪い。それは認めよう。じゃが、材料費ゼロで魔道士を複製するとしたらどうか。人間の材料などイーストスラッグにいくらでもあるわ。お主も見たじゃろう。酩酊し河原で糞尿を垂れ流すばかりの廃者すたりものども。安酒ジンに溺れ、魂を失い、自ら死に向かうゴミクズじゃが人の形をしておる。貧民窟には、心が死んだ魔道士もいる。頭がおかしくても魔道士は魔道士よ。マナの採集コレクトができるのじゃ」


(はあ!?)


「魂の死んだ虚心魔道士エンプティを量産し、マナの採集コレクトを担わせる! それこそが真世界オースのエネルギー革命じゃよ!」


(なんで人間を使わずにマナを集める方法を考えないんだよ!? 人間を量産してマナを集めるとか、おかしいだろ!)


「そんなの、僕は嫌です!」


「まあ、話は最後まで聞け。わたくしの生きているうちに人間の複製が完成するとは思えぬ。残された時間の多い、若者がこの研究をするべきなのじゃ。現状のこの国の魔道リソースを、真世界オースから出ていくお主のために割くことは許さぬ。じゃが、お主の力で魔道エネルギー革命を成した暁には、その報酬として大量のマナを得ることができる。この国の発展に貢献し、その上で、お主の目的も達成できる。どうじゃ?」


 人間も含めた動物の複製は、法的には禁止されていない。生理的な忌避感が世間にあるというだけで、違法ではないのだ。


「僕は、あなたの考えに賛同できません。その研究はしたくない」


 リュウは、左大臣の誘いをきっぱりと断った。


「そうか。残念じゃ。気が変わったらいつでもここへ来なさい。優秀な魔道士は大歓迎じゃ」


「魔道士の複製は誰の発案なのか、教えてください。あなたではなさそうだ」


「メッシー・モアじゃよ」


(やっぱり)


「あなたは、モアと会ったことがあるのですね」


「会ったといっても、ドア越しじゃがな。誰もモアの姿を見たものはおらぬ。まあ、それはそれとして、メッシー・モアは面白い奴じゃよ。お主もまた行って話してみるといい」


「今、僕の身柄を押さえないのですか?」


「それはわたくしの仕事ではない。ほっほっほっ。達者でな」


 マロリーに引き止められることなく、リュウは私邸を後にした。


 高級住宅街を抜けて商業地区に入ると、騒がしい。新聞売りが号外の知らせを叫んでいた。


「号外! ごうがーい! 魔道士会AFS会長逮捕! 号外! ごうがーい!」


 逮捕されたのは会長と数名の側近のようだ。売り子の周りは黒山の人だかりだった。


 別の新聞売りがもう一人、走ってくる。


「号外! もひとつ号外! 左大臣逮捕! 嬰児誘拐の罪で左大臣逮捕!」


 リュウは野次馬の間をすり抜け、売り子に代金を渡して号外新聞を一枚ひったくった。


 名付けと魔術の対象指定の関係を調べるために、名のない新生児や身寄りのない幼児の誘拐を繰り返していたという。一部は養子にしていたが、大部分を使い捨てていた疑いがある、と書かれていた。


 呆然とその記事を見つめているリュウを、背後から呼ぶ声があった。


「リンドウ・リュウですね」


 数名の兵士を引き連れたサンドラ・サンデーがいた。


「すぐにホワイトパレスへ戻るようにと、陛下のご命令です」


「嫌だ」


「命令です」


 サンデーが言い終わる前に、リュウは節をつけてまじないような言葉を唱えた。


「スパークリー・スパークリー・アイリス・インディゴ・コバルト・ブルー」


「は?」

「なに?」

「何て言った?」


 あまり意味のないような一節を唱え終わると同時に、青い転送マナがリュウの体を包んで、そして消えた。


 残されたサンドラ・サンデーと兵士たちは、リュウがいた空間を眺めてぽかんとしていた。

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