第4章 男子禁制92 今夜もどこかで
高級住宅街にある一軒家レストラン。
先に支払いを終え、一人でエントランスホールに出てくると連れの女性が出てくるのを待つ間に男はロングのレザージャケットのポケットに手を突っ込んで襟を立て、壁一面の大きな鏡に映った自分の姿を確認した。
ロングジャケットは、あのとき見た若者二人が着ていたのを真似て作らせたオートクチュールである。
巨大なフェレットのお化けの背中に乗って鎮守の森を出たあと、どうやって帰ったか覚えてないが気が付けば自宅マンションの近くにいた。夜遅かったのでコンシェルジュに見られることもなく自宅に戻った。
ボロボロに切り刻まれた服は即刻処分し、暫くは恐怖で自宅に引きこもっていたが時間が経つにつれ、あれは夢に違いないと思うようになった。
負傷した傷も癒え恐怖が薄れてくると思い出すのはあの二人の若者だ。一体何者だったのか。
特にあの二人が着ていたロングのレザージャケットが何故か欲しくてたまらない。ポイントに美しい刺繍が施され、スワロフスキーのように輝く石が動くたびに暗闇できらめいていたのが印象的だ。
ジャケットは色違いの同じものに見えたからどこかの既製品だろうと思ってファッションに詳しい人物を使って手を尽くして探したが世界中のどこのブランドにも見当たらなかった。
そこで自分でデザイン画を描いてオーダーしたのだ。
二百万円ほどかかったが世界に一つだし安いものだ。かなり近づけたのではないかと満足している。鏡を見ながら角度を変えてポーズを決めた。
悪くはないだろう。むしろ自分の方があの二人よりイケているかもしれない。
二人に釘を刺されたのでしばらくは品行方正に暮らしていたが、コートが出来上がると悪い虫が疼き始め、アドレス帳から適当に選んだ女性を呼び出した。
女は高級車とクレジットカードの色をちらつかせればすぐについて来るのだ。期待どおりコートの評判も上々だった。
この後ホテルのラウンジで飲み直そうと誘えばあとはお決まりのコースだ。そのときホールの灯りが点滅した。驚いて天井を見上げるともう元に戻っている。
誰かがスイッチを押し間違えたのかもしれない。そう思って再び目の前の鏡を見ると、自分の両脇にあの時の若者二人が立っていた。あの時と同じ格好で。
ひいっと声にならない悲鳴を上げたが膝がガクガク震えて一歩も動けず、鏡に映った自分たちを凝視した。
三人並ぶとさっきまでイケていると思っていた自分があまりにも貧相に見えた。顔の大きさも身長も足の長さも全く違う。別次元だ。すると桃李がいった。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。二度と悪いことはしませんといったのだーれだ?」
「・・・わた・・・わた」わたしですと言おうとするが歯が勝手にカチカチと震えて言葉にならない。
「なんだその安っぽいジャケットは」と怜が聞いた。「まさか僕たちの真似か?」
男は首を小刻みに左右に振った。そのときドアが開いて連れの女性が出てきたので桃李と怜がそちらの方を見た。
女性は二人を見てポーッとなっている。
その隙に男は走り出しレストランの外に飛び出した。
庭園に出ると暗闇に四つの赤い目が光ってこちらを見ていた。唸り声と共に暗闇から出てきたのは白と黒のフェレットのお化けだった。そして二匹は口を開けると中から青い炎の息を吐き出した。
驚いた男は絶叫を上げ一目散に庭園を駆け出し夜の住宅街を走って逃げて行った。続いて出てきた女性が庭園を見回すと誰もおらず、ライトアップされた静かな石畳が続いているだけだった。
置いてけぼりを喰らって茫然と佇んでいる女性の横を桃李と怜が黙って通り過ぎた。二人が屋敷の外に出て左右を見回したが誰もいない。
「逃げ足の速い奴だな」
「うん。ま、これに懲りてもう悪さはしないだろう」
二人はそういうと黙って歩き始め、外灯が途切れた暗闇の中でパッと消えた。
完
+++++++++++++
第一幕終了
次ページで第2幕予告
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