第4章 男子禁制70 鬼の気配1

 その瞬間、黒い幕が向こう側から盛り上がって目の前にいた四天王の二人を抱え込み黒幕の中に飲み込んだ。


 うわっという叫び声が響いた時には桃李と怜が舞台に駆け上がりこちら側に残っていた四天王の片手をガッと桃李が掴んだ。


 同時に怜が幕の裏側に入ったが、幕の向こう側にいた「何か」はすぐに四天王を離し、黒い幕のひだだけが蛇が通り抜けるように波打ちながら素早く移動し、舞台袖から飛び出していった。


 四天王を桃李が幕の中から引っ張り出すと

「山さん!」とほかの団員が慌てて駆け寄ったが、烏帽子は脱げ何かに引っ掻かれたように顔と手から血を流してぐったりとしていた。


「怜! どうなった?」

 桃李が叫ぶと幕の中からもう一人の四天王を抱えた怜が出てきて「逃げられた」といった。


「何だったんですか?」

 実里が二人に聞くとほかの団員もこちらを見たので怜が答えた。


「魔物です」


 団員たちは絶句した。四天王の二人は幸い命に別状はなく、応急手当をしてほかの団員の一人が病院へ連れて行った。残った団員たちは顔面が蒼白になり動揺している。


「もう今回の舞台は駄目だな。キャンセルしよう」優斗がいうと実里が

「今から?」


「だって四天王がいないんだぞ。あの手じゃあ刀が握れない。かといって代役はいない」


「それに代役がいたとしてもまた何が起こるか分からないのに頼めるか?」と別の団員がいった。


「そうね」

 実里が力なく答えた。


「じゃあ僕らがやりましょう」

 桃李の言葉に団員が驚いてこっちを見た。


「桃李」怜が抑え気味にいった。「無理だ」


「どうして? 俺たちなら踊れるし、またあいつが出た時に対処できるからこれ以上犠牲者を出さずに済むなら一石二鳥だ」


「踊りじゃない。舞うんだ」優斗がいった。「きみ、申し訳ないけど無理だよ。運動神経が良かろうが神楽の動きやセリフの言い回しを習得するには長年の鍛錬と練習が必要なんだ。一週間そこらで出来るものじゃない。四天王の動きを見ただろう。

 もしぶつかったら大怪我をするし、それを本番中にやればうちは終わりだ。

 それに衣装がどれだけ重いか知っているかい? 

 あの重い衣装を着た上であれだけ激しく動くのは素人や女性にはできない」


「そうだよ、桃李。僕らじゃ無理だ」と怜がいった。


「でも有難い申し出だ」と啓介がいった。「せっかくだから四天王の衣装を着てみないか?」


「啓介さん!」優斗が驚いたが


「まあ、いいじゃないか。いきなりそんなことをいって脅したら誰もやりたがらない。裾野を広げるためにも間口は広くすべきだ。それにキャンセルなら練習もしなくていいから今日はもうやることがない」


 といって啓介は四天王の衣装をさっさと持ってきて桃李に袖を通させた。羽織ってみると鎧のようにずしりと重い。


「うわ、本当だ。重い」といいつつも、桃李は鳥の羽を付けているかのように軽やかに動いて見せたので団員たちは驚いた。


「怜、お前も着せてもらえ」

「いやだね」

「いいじゃない。せっかくだから記念写真撮ってあげる」


 実里に言われると怜も四天王の衣装を羽織り桃李と二人で写真に納まった。二人の様子を見た啓介がいった。


「きみたちならできるんじゃないか? 猛特訓をすれば。どうだい、松さん」


 大太鼓奏者で年長の松原が

「うーん。この衣装を着てこれだけ動ける人はそうはいない。それにまたあいつが出たときにこの二人がいれば助かるのなら試しに一日やってもらって様子を見るか」


「よし。じゃあ、明日から猛特訓だ。今日は動画を渡すから動きとセリフといい回しを勉強して来てくれ。いいだろう? 優斗」


「いいですけど知りませんよ。本番が台無しになっても」

 優斗はそういうと衣装を脱ぐために舞台を降りて行った。


「では、明日も待っているよ。実里、動画を渡して差し上げなさい」

「は、はい」


 こうして二人は神楽を舞うことを引き受けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る