第3章 魔本家への召喚58 わたしが紫式部?1

「いつから桃李の後見人が玄世様になったの? 知らなかった」


「紫生様はご存じないですね。昨年桃李様がハンターになるための正式な鬼退治をなさったときの見届け人が玄世様でございました。

 鬼退治が成功した場合、見届け人はそのまま後見人になるのです。

 ふつうは玄世様のような方が見届け人になるなんてことは滅多にあることではございませんから桃李様は非常に幸運でございます」


 昨年正式な鬼退治を行って瀕死だった桃李の元に玄世が現れたことを紫生は思い出した。桃李のその姿を見て紫生は魔族がなくした言葉を見つけることができたのだった。

 

 ただあの時はあまりも混乱していたため玄世が何故その場にいたのかも考える余裕がなく、すっかり忘れていた。


「確かに我が家には長らくハンターがいなかったわ。でもね」と礼子が続けた。「我が家は貂天童子の使いであり、ハンターがいなかったのは裏切りでも無能でもなく、人間を囮にしなかったからですよ。誇り高き白魔族。恥じることはありません。

 それに玄世様のあの様子では亜羽ちゃんのことをまんざらではないと思うの。亜羽ちゃんをチラチラ見ていた気がするから」


「何言っているのよ、お母さん。怜君の前で恥かしい。ほんっと親バカなんだから」

「あら、そんなことないわよねえ。怜さん」


「亜羽さんなら玄世様と並んでもお似合いだと思うな」と怜がいうと桃李もこういった。


「もし姉貴が玄世様と結婚したら、俺は玄世様の弟か」


 桃沢家の妄想を膨らむばかりだ。これがのちに自分たちを窮地に追い込むとも知らずに。


「いずれにせよ」と犬井が言った。「魔族というのは家柄、伝統や血筋に拘るのです。もともと魔族は体が弱く、それを補うために魔力が備わっているのですけれども政略結婚や有力な家同士の縁組を続けることで強靭な肉体と魔力を持ち合わせたハンターを増やして生き延びてきたのです。ですからハンターは別格です」


 みんなすっかり忘れているようだが、偽装とはいえ紫生と桃李は婚約しているわけで、自分の婚約者は意外にも魔族で注目の的なのかもしれないと紫生は思ったが口には出さなかった。そもそも桃李は人間界でもモテるから驚くことではないからだ。


 ここでようやく紫生が魔族の「書き魔」に選ばれたことが話題になった。玄世が来たことにみんなすっかり舞い上がってしまい、紫生自身も忘れていたのだ。特に礼子の喜びようは大変なものだった。


「なんて名誉なんでしょう。我が家から『書き魔』が選ばれ、魔族の物語を書き上げるのよ。

 つまり桃沢旅館は文豪が逗留して名作を書き上げたような宿になるわけよね。紫生ちゃん、もちろん作品には桃屋旅館の名を入れてくれるわよね。

 あ、そうだ、執筆用に旅館の部屋を提供しましょう。そうすればそこは名作が生まれた部屋になるもの」


「まだ候補ですからぁ~」といいつつも紫生も悪い気はしない。

「お母さん、紫生ちゃんにプレッシャーをかけ過ぎよ」


 亜羽に注意されたが礼子の興奮は収まらない。


「大丈夫、紫生ちゃんなら出来るわ。しかも我が家に玄世様がおいでになって。いいことづくめ。紫生ちゃん、やっぱりテーマは玄世様の花嫁選びを中心にした宮中絵巻じゃないかしら?」


「宮中絵巻?」


「そう。さしずめ紫生ちゃんは『源氏物語』を書いた紫式部というところね。あら、ちょうど名前に紫という字が入っているし」


「わたしが紫式部?」自分が文豪になった姿を思い浮かべて紫生がうっとりしていると

「なに真に受けてんだよ」と桃李がいった。「まだ正式採用じゃねえぞ」

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