第1章 空想少女6 顔面最強サークル1
怜がこちらに向かってくることに気づいた女子学生たちが「怜様よ」とざわつき始めた。モモノフたちも怜には一目置いている。大学内には怜と桃李を目当てに一般受験で入学してきた女子も少なくないのだ。桃李が自分に気づくと怜はクールな表情を一変させて、眩しいほどのさわやかな笑顔を作って桃李に歩み寄った。
「やあ、桃沢君。元気ぃ?」
「なんだ? その偽善に満ちた笑顔は」
桃李は警戒感を露わにした。
「考えすぎだよ。ちょっとした相談があるんだ。少しいいかな」
怜は桃李の肩に手を回すと、「申し訳ない」という意味で女子生徒たちに手を振った。すると女性生徒たちから「きゃあ」という黄色い悲鳴に似た歓声が起き、桃李を廊下の隅に連れて行った。二人を遠巻きに見ている女子学生たちの中には、滅多にない桃李と怜のツーショット写真をスマホで撮っている子までいる。
「お前、まだサークルに入っていないんだろ?」怜が聞いた。
「ああ。入る気がないからな。どこにも属さないのが俺のポリシィ」
「じゃあ、ちょうどいい。秘境クラブへ入れよ」
「もしもし? お前、俺が今いったこと、聞こえたか? しかもよりによって、お前が作ったあの秘境クラブだろ。あんな辛気臭いクラブに入れるかよ」
「言葉を慎め。どこにも所属していないとあちこちから勧誘されて、お前も面倒だろう?」
「まあ、それは一理ある。何しろ俺は引っ張りだこだから」
「だろ? うちに籍を置いておけば、そういう煩わしさから解放されるぞ。でも活動には参加しなくていいから」
「そういえばそうだな……。なーんていうかよ。さては部員の数が足りないから俺を誘っているな? でなきゃ、お前が俺に声をかけるはずがない」
大きく息を吐いた怜の顔から満面の笑みが消え、いつものクールな表情に戻った。
「バレたらしょうがない。そうだよ。幽霊メンバでいいんだ。入れ」
「お前の取巻きの女を引っ張り込んだら、あっという間に巨大ハーレムが出来上がるだろ?」
「そういう子は面接でふるい落としてる。面倒なだけだ。ハーレムが作りたいんじゃないんだよ。サークル」
「固い。固いなあ、お前は」
「それに人数をあまり増やしたくもない」
「お前さあ、こういうときパッと入ってくれる友達が少しくらいいないのかよ」
「……。いない」
「暗いもんなぁ? むっつりスケベだし」
「やっぱ、ほか当たるわ」
怜がパッと背を向けてその場を離れようとすると、桃李が急いで怜の腕を後ろから掴んだ。
「怜ちゃん、そんなに怒るなよ~」
「じゃあ入るか?」
「困っているなら『助けて下さい』じゃないのか?」
勝ち誇ったようにニヤリと笑う桃李を、怜はいまいましそうに睨みつけた。
「分かったよ。じゃあ、比較文化論のノートをテストの前に見せてやる」
「社会学もだ」
「わかった」
「本当だな?」
「本当だ。そのかわり、お前目当ての女も絶対にサークルに入部はさせない。トラブルの元だ。いいな?」
「わかった」
「じゃあ、来てくれ。申込用紙があるんだ」
怜が桃李を連れて戻ってくると、秘境クラブのメンバは一様に驚き、何よりモモノフたちがざわついて、こちらをチラチラ見ながら何やら囁き合っている。
「大学のイケメンツートップが、まさかうちみたいな弱小サークルに入るなんてね」
巴萌が隣にいる紫生の耳元で囁いた。
「うん。でもなんだか風雲急を告げるようだわ」
紫生はモモノフたちの射るような視線をひしひしと感じながら呟いた。
「とりあえず今日は、次回の候補地の話をしよう」
怜にそういわれて、みんなは秘境について話し始めた。
「あ、そういえばクラブの『ボード』にさ、新しい書き込みあったぜ」と山之井がいった。
『ボード』というのは、若者を中心に流行っている掲示板専用アプリのことで、クラブやサークルなどの情報交換や、お知らせに使ったり、会話が楽しめるコミュニケーションツールだ。誰でも参加できる『ボード』もあれば、会員だけが参加できる『Keyボード』もある。
秘境クラブも『ボード』で秘境情報やミステリ情報を募っているのだ。
「まだ見てない。何かいいネタあったか?」怜が聞いた。
「最近、『死者の書』ってのが流行っているらしいぜ」
「何それ?」巴萌が聞いた。「歴史の授業で聞いたような気がするけど」
「死人が蘇るまじないみたいなもんらしい」
「そんなことありえる?」
紫生は怜の方を見た。
「ばかばかしい。いくらなんでもうちの活動とはかけ離れすぎてる」
「でもそれがさ、最近うちの大学内で以前亡くなった女子生徒の目撃情報が多発してるんだとさ」
「やだあ。なんかちょっと怖い」
その手の話を極端に怖がる巴萌はすでに怯えている。
「まあよくあるトイレの花子さんみたいなもんだろうけど。なんか、一年半くらい前に、うちの高等部時代に亡くなった女子生徒っていう設定だ。俺、分かんないけど、お前ら分かるんじゃない?」
クラブ内で一般受験で入学してきたのは山之井と高梨の二人だけなので、この質問は高等部から上がってきたほかの四人のメンバに向けられたものである。
「一年半前?」
紫生が眉をひそめた。
「そう。夏川リサって子らしいぜ。知ってる?」
山之井がいい終わらないうちに四人の表情が険しくなり、誰もが沈黙した。特に紫生の顔面は蒼白になり唇が小刻みに震え始めた。
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