夜が明けると、永遠子は静かに帰って行った。縁側から、音も立てずに。

 私はじっと永遠子の背中を見送った。紺色のブレザーに包まれた、痩せた背中。彼女はまだ薄暗い庭を抜け、大樹の影を通り、見えなくなっていった。永遠子の影が視界から消えても、私はその場に立っていた。

 なぜ永遠子が私にキスなどしたのか、なぜそこまでしてこの部屋に泊まりたかったのか、それが分からなかった。永遠子が私を好いているからキスをしたなどと、幸せな勘違いは到底できなかった。永遠子のしんと静かだった頬や、私を疎んじていたきれいな瞳を思い出せば出すほど。

 永遠子は結局、その理由を私に話すことはなかった。何度となく永遠子は祖母の部屋に泊まって行ったけれど、一度だって。私も、理由を尋ねることはしなかった。できなかったのだ。永遠子を失うことを恐れて。

 ただ、そのはじめて永遠子が泊まっていった日、永遠子の母親は救急車で運ばれ、父親は警察のお世話になったということを、私は学校の帰り道、沙代から聞いた。永遠子は、数日間学校を休んだ。

 「新島さんの家、見に行こうよ。」

 私が所属していたグループのリーダー格だった陽奈子がそう言いだしたのは、永遠子が学校を休んで三日がたった日の放課後だった。

 私は永遠子の家になど行きたくなかったけれど、否を唱えることもできなかった。

 グループを離れて、永遠子と二人で身を寄せ合って学校生活を送る。

 その妄想は常に甘美だったけれど、永遠子は妄想の相手役としては冷たすぎた。瞳の奥が、常に。

 「行こうよ。」

 そう言って私の手を取ったのは、沙代だった。私が一番親しくしていた女の子。癖のある色素の薄い髪が、肩の上でくるくると踊っていた。

 今思えば、沙代は私と永遠子が親しくしていることに……少なくとも、親しくしているように見えることに、気が付いていたのかもしれない。学校から帰る道すがら、彼女がちょっと振り向けば、私が永遠子の元に走っていく姿は目に入ったはずだから。

 だから沙代は、その時私に優しかったのだ。私がグループから外れないように、わざわざ手を取って引っ張って行ってくれた。だから私は沙代を恨んではならない。決して、そんなことはできない。たとえその日、私が永遠子の待つ深淵に、最後のひと足を踏み入れることになってしまったとしても。

 

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