ステルはプラットフォームを降りた

珠邑ミト

ステルはプラットフォームを降りた

序文

序文 斑な、闇



 闇。

 まだらな、闇だ。


 閉じた目蓋の内側に広がる、まだらな闇の向こう側に、かすかな音が流れている。さらさらと、時がこぼれ落ちる音だ。

 冷えた頬へ一片ひとひら、冷たいものが降りかかる。目蓋をゆっくりと開く。

黒いひとみに粉雪が映る。


 静かだった。


 屋根も途切れたプラットフォームの最先端に、彼女はひとり立ち尽くす。

 輪郭がとけたような、ふわりと仄白いかお。長身で華奢な肢体をつつむロングコート。肩の上で切りそろえられた黒髪。戯れに持ち上げられた、貌と同じく仄白い手のひら。そこへ偶然舞い落ちた雪の一片。それは、彼女の肌の上で音もなく姿を消した。

 ――儚い。何もかもが。

 まるで、夢の底にいるようだ。

 そっと手のひらを握りしめると、彼女は空を見上げた。まるで、雪の生まれる場所を見極めようとするかのように。


 降ってくる。雪が己の上に降り積もる。髪に、頬に、目に、眉に、睫毛まつげに、鼻に、耳に、唇に、肩に、――肉軀にくたいに。

 己の、肉軀に。


 彼女は再び目蓋を閉じた。

 果てしないステップの大地は、その表面に干からびた草と、東の最果てまで伸びた一本の細く長い線路レールを這わせ、その終着点として、さびれたプラットフォームを横たえている。



 彼女ひとりを、その上に乗せて。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る