真相を解く.壱

 「こりゃあ……また随分大所帯じゃないか」


 帝釈天の前には麟を始めヤタと不知火、閻魔とそしてひなが座っている。

 三世界の番人会議に使われる極楽の一角にある神殿に彼らは集まったのだが、帝釈天は麟と閻魔だけが来ると思っていただけに意表を突かれていた。

 なぜ三人以外の者がいるのか。特に予定外だったのはひなの存在だった。


 帝釈天はひなの前に立ちぐっと顔を近づけてマジマジと見つめると、ひなは居心地が悪そうに視線を逸らした。

 神様を前に視線を逸らすのは失礼かもしれないと思いつつも、何となく目を合わせられない威圧感のようなものを感じてしまう。


「……へぇ。君が噂の子か。ひなと言ったね?」

「は、初めまして……」

「ふ~ん」

「!」


 帝釈天は目を逸らすひなを自分の方へ向かせると、探るようにじっとその目を見つめた。

 顎を押さえられ身動きが取れないひなの視界は落ち着きなくさ迷う中で、チラリと覗く赤い光を帝釈天は見逃さなかった。


「帝釈天」


 麟がひなの肩に手をかけ声をかけると、帝釈天はひなからパッと手を離して口を開いた。

 麟が焼きもちを焼くのを楽しんでいるかのような素振りにも見えるが、その表情はすぐに真面目なものに戻る。


「何でこの子まで連れて来たんだ? 八咫烏と不知火はともかくとしても私は麒麟と閻魔を連れて来るように言ったはずなんだけどな?」


 ヤタを見やりながらそう言うと、彼はやはりカチンとしたような表情を浮かべながらも重々しく口を開く。


「ひなは部外者ではありません。この話を聞くべき者と判断し連れてきました」

「ふ~ん。麒麟がそう判断したのかい?」


 今度は麒麟に話を振れば、彼は深く頷き返す。


「彼女は今回の件について深く関わっている。彼女は当事者になるのです。彼女を外して話すのはそれこそお門違いと言うもの。それは、既にあなたもご存じのはずですが?」


 麟がそう答えれば、帝釈天は「当事者か……。まあ……確かになぁ」と後ろ頭を掻き、近くに置かれていた椅子にどっかりと腰を下ろした。

 

「帝釈天。阿修羅の件を含め、おぬしが知っている事の真相を話してもらいたいのだが?」


 閻魔がそう言えば、帝釈天は長いため息を吐き肘置きに肘をついてしばらく何かを考えるような素振りを見せる。が、すぐに観念したようにため息を吐く。


「……分かった。話そう」


 さて、何処から話す? と周りに目くばせをすると、遠慮がちにひなが手を上げた。


「あの……私の事についてお聞きしたいんですが……」

「あぁ、君の事か。君は自分の事をどこまで知っているのかな?」

「えっと……雪那さんの子孫だと言う事は知ってます」

「雪那……? あぁ、麒麟が以前寵愛していたあのあやかしの女性のことか。逆神隠しにあって幽世から失踪したって言う」

「何かご存じですか?」

「……知っているよ。そうだね、君のルーツを知ることが一番重要で、話の要に近いことかもしれない」


 帝釈天は雪那の事について少しずつ話を始めていく。

 生前高い徳を積んできた雪那は、あやかしの中でも珍しい妖術を使える妖狐として幽世で生を与えられ、しばらくは最終審判の街で過ごしていたと言う。生前と変わらぬ慈愛に満ちた対応は周りの者を癒し、明るくさせる。皆が口を揃えて彼女を称える中で、当然それを良く思わない者もいた。

 ある日、妬みや嫉妬から来る醜い感情に囚われたあるあやかしが、雪那を呼び出しわざと奈落へ突き落としたのだ。


「その時は私にはどうすることも出来なかったよ。浅ましい感情の元で、審判を受ける前から極楽行きが確定している彼女が奈落へ突き落されるなんてね。私にできる事と言えば、地獄に落とされた者たちを極楽へ引き上げる唯一の道、蜘蛛の糸を垂らすことぐらいだ」


 当然、心優しい彼女がその糸を掴むことはなかったけどね。と、帝釈天は一度話を区切る。


「彼女が地獄にふさわしくない魂だとは思ったが、まさかそんな事があったとは……」


 その話を聞いた不知火もまた眉間に皺をよせ低く唸る。


「あの、その、雪那さんを奈落に落とした人って……」

「まだ幽世にいるよ。……それも、君に近しい人物としてね」

「え……」

「……知りたいかい?」


 意味深に微笑みながら見つめて来る帝釈天に、ひなは膝の上の手をぎゅっと握り締めた。

 知りたいような気もするが、知ってしまうと怖い。自分に近しい人物と言えばヤタやシナを一番に思い浮かべる。だが、二人がそんな事をするはずがない。その次に出て来るのはやはり最終審判の街で出会ったあの気さくなあやかし達になるのだが……。


 黙り込んだひなから視線を外した帝釈天は、話を続ける。


「審判を受ける時期でない者が奈落に堕ちた場合、審判の扉は開かれずそのまま地獄まで到達する。そしてそこで、彼女は阿修羅に出会った。念のため言っておくが、これは彼女が麒麟と出会う少し前の話になる」


 麟はピクリと反応を示したのを、帝釈天はしっかりと見ていた。

 座っている背もたれに深くもたれかかり、腕を組んで深いため息を一つ吐く。


「麒麟。その実、君は彼女の事を何も知らないだろう」

「……そう、ですね」


 麟は視線をそらし、苦々しさをその顔に滲ませた。

 ひなはそんな麟を見つめ、複雑な気持ちになる。

 とても大切に想っていたのに、その相手の事を何も知らず、相手もまた必要以上に話さないでいた。確かな結びつきが無かった事が浮き彫りになり、苦々しくも思うだろう。


「それで、その後の彼女は?」


 ヤタがその先を促すと、帝釈天は淡々と語り出す。


「阿修羅は人の好さそうな振りをして彼女の優しさや心根の良さに付け込み、全てを支配していった。何に置いても献身的に尽くそうとする彼女に、奴は異常な執着を持つようになっていったんだ。心の支配、と言うべきだろうね」


 ゾッとするような話だった。

 人の優しさに付け込む卑劣な行動。それを平気でやってのけ、雪那を自らの支配下に置いて良いように使っていた阿修羅に、この場にいる誰もが言葉を無くす。

 特に麟は無意識にも固く握りしめる拳が僅かに震えていた。


 重たい空気に包まれる中、帝釈天は話を続ける。


「阿修羅は清らかで綺麗なものほど汚し、めちゃくちゃにして、絶望を与えることに喜びを見出す奴だ。……私とも良く衝突していたよ」

「阿修羅とは面識が?」


 不知火が間髪を入れずに訊ねると、帝釈天の代わりに閻魔が答える。


「わしと帝釈天、そして阿修羅は昔は良き友人だった。何をするにも共にあり、まるで血の繋がった本物の兄弟のようだったんだが、ある時から阿修羅が変わってしまったんだ」

「……なぜですか?」


 問いかける不知火に、帝釈天はふっと視線を逸らした。

 その様子にヤタはいち早く気付く。そして同時に閻魔が言った『帝釈天が言葉を濁す時は誰かを守りたい時だ』と言う言葉を思い出した。


「……あいつは、昔から誰よりも執着心だけは強かったんだよ。特に気に入ったものに対する執着は異常だったからね」


 ぼそりと呟いた帝釈天のその言葉に、ひなは不思議そうに見つめた。

 あまり公にはしたくないのだろうか。眉間に皺をよせ、目を細めている帝釈天の様子を見ているとこれ以上掘り下げてはいけないような気持になるが、それを許さないのが麟だった。


「執着をしているに、問題があったと?」

「そこまで言わなくちゃ駄目か?」

「この状況下で隠し事はしないで頂きたいのですが?」


 ややムッとしたような顔をする帝釈天に、八咫烏もまた不機嫌そうに口を挟んだ。

 すると帝釈天ははぁ~と深いため息を吐きながらガシガシっと頭を掻き、やや捨て鉢に口を開く。


「妹だよ」

「妹?」

「そう。阿修羅には一人、異母妹がいたんだ。名前を紗詩しゃしと言って、それはそれは綺麗な女性だよ。だからだろうな。あいつは異母妹に異常なほどの執着を見せていた。何に置いても束縛をしたり、監視をしたりね。彼女はその事い心底困っていてね、ある日私に相談を持ち掛けて来るようになったんだ」


 帝釈天の話では、彼女に毎日のように相談に乗っている間に彼女は親身になる帝釈天に心を寄せるようになったという。やがて二人は至極当然のように互いに惹かれ合うようになった。


「それで私が彼女の存在を隠した。よく言う駆け落ちってやつだな」

「誰よりも大事にしていた紗詩がいなくなったことで、それで阿修羅は逆上したと?」

「そう言う事だ」


 ふぅっとため息を吐く帝釈天に、全員だ納得したような表情を見せる。

 それを切っ掛けに阿修羅の異常行動はますますおかしさを増し、連れ去ったのが帝釈天だと知ってからは心底彼を憎んでいるのだと合点がいった。


「その紗詩さんは今も?」

「もちろん。彼女は私の最愛の妻だからね」


 ひなの問いかけに、帝釈天はニッコリと微笑んで見せた。

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