第55話 追放

「……は?」


 先日、アレックスと二人で話をしに行った時と同じように、ヒュージは固まり、間の抜けた顔になった。


 それもそうだろう。

 私とアレックスの婚約が発表されると思っていたのに、自分が追放される話になるのだから。


「ど……どういうことだ、アレックス!!!?」


 ややあって、我に返ったヒュージはアレックスを怒鳴りつけた。

 上級貴族の品位を投げ捨てていて、怒り心頭といった様子だ。


「どうもこうもありません、父上。言葉のままです。あなたを追放して、私が新たな当主となります」

「な、な、な……なにをふざけたことを……!!!」


 怒りのあまり、言葉がうまく紡げないようだ。

 ヒュージの顔がどんどん赤くなる。

 まるで、茹でたタコだ。


 傍から見ていると滑稽なのだけど……

 ただ、彼と対峙しているアレックスは、強い恐怖を覚えているだろう。


 ヒュージによって、幼い頃から虐げられてきた。

 当然、恨みはある。

 ただ、それだけではなくて、虐げられてきたことに対する恐怖があるだろう。


 アレックスは毅然とした表情を浮かべているが……

 よく見ると、手がわずかに震えていた。


 何度も打ち合わせを重ねた。

 話し合いを続けて、策を練り、万全の準備を整えた。


 しかし。


 それでも恐怖は消えないのだろう。

 根源に刻まれた恐怖は、一朝一夕でどうにかなるものではない。


 ただ、これを乗り越えなければアレックスに未来はない。


「父上、あなたは……あなたは……!」


 ヒュージに睨みつけられて、アレックスは言葉に詰まる。

 その先を続けることができず、わずかに表情を歪めてしまう。


 とても辛いのだろう……でも、忘れないでほしい。

 あなたは今、一人ではない。


「アレックス」

「アリーシャ……?」


 彼の隣に立ち、そっと、その手を握った。


 私がいる。

 ここにいる。


 そう伝えるように、強く強く、アレックスの手を握る。


「……助かった」


 私にだけ聞こえる声で、アレックスは小さくささやいた。


 そんな彼の横顔は、とても凛々しい。

 さきほどまでの恐怖はなく、まっすぐにヒュージを睨みつけている。

 素直にかっこいい、と思う。


 うん。

 これならもう大丈夫だ。


「父上。あなたは為政者という立場でありながら、己の欲を満たすためだけに、ありとあらゆる不正に手を染めた。汚いことを続けてきた。それは決して許されることではありません」

「な、なんだと貴様!? ふざけたことをぬかすな!」

「証拠ならここにあります」


 アレックスは、近くのテーブルの上に資料を叩きつけるように置いた。


 時間を稼いだ間に、ジークなどに協力してもらい、ランベルト家が犯してきた……ヒュージの不正の数々が記されている。

 確かな証拠であり、これが表に出れば、ヒュージの破滅は免れない。


 ふむ。

 そういえば、破滅すべきはずの悪役令嬢である私が、他人の破滅に手を貸している。

 神様がいて、この場を見ているとしたら、笑っているかもしれない。


「なっ……!? こ、これは……そんなバカな、こんなことが……」


 資料を見たヒュージは、露骨に顔色を変えた。

 だらだらと嫌な汗を流す。


「本来ならば、このような場で話すことではありません。故に詳細は省きますが……癒着や賄賂がかわいらしく思えるほどの罪を犯してきた」

「ぐ、ぐうううぅ……!?」

「もう一度、言う。あなたに為政者の資格はない!!!」


 雷鳴のような声で、アレックスはヒュージを断罪してみせた。


 私達が用意した資料が表に出れば、ヒュージは間違いなく破滅する。

 取り返しはつかない。


 そのことを理解しているらしく、ヒュージはがくりと膝をついてうなだれた。

 どうしようもないと。

 完全にハメられていたと。

 そう理解して、自身の敗北を受け止めた。


 勝負はついた。

 アレックスは、ランベルト家の当主に。

 そして、ヒュージは投獄されるだろう。


 うん。

 予想していた通り、うまくいった。

 万事オッケー。

 ハッピーエンドだ。

 悪役令嬢である私だけど、そんな結果を引き寄せることができて満足……というよりは、ほっとしていた。


 私、悪役令嬢だからね。

 下手をしたら、アレックスを破滅させていたかもしれないわけで……

 そこは、少し怯えていたところだ。


 でも、そうならず一安心。

 さあ、後はパーティーを楽しもう。

 アレックスは新しい人脈を作らないといけないだろうから、その手伝いをしなければ。


 そんなことを考えていたのだけど……


「そしてもう一つ、発表しなければいけないことがあります」


 アレックスは、予定にないことを口にし始めた。


「この時をもって、ランベルト家はその位を王家に返上したいと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る