第53話 手のひら返し

「……は?」


 たっぷり一分ほど沈黙して、それからヒュージは間の抜けた声をこぼした。


 目を丸くして、ポカーンとしている。

 大貴族とは思えない間抜けっぷりだけど、それくらいに驚いたのだろう。


「ですから、私とアレックスは恋人同士なのです」

「こい……びと?」


 ヒュージの視線がアレックスに向けられた。

 本当か? と目で尋ねている。


「あ、ああ……ホントウ、だよ」


 ぎこちないながらも、肯定するアレックス。


 演技がポンコツすぎる。

 なにがなんでもウソをつくことができない体質なのだろうか?


 呆れ、内心でため息をこぼす。

 でも、私は笑顔を崩さない。

 それどころか、ちょっと照れた様子で話を続ける。


「本当に……アレックスとクラウゼン嬢、が?」

「はい、私の自慢の恋人です」


 アレックスの腕を取る。


 公爵令嬢として厳しくしつけられてきた私が、気軽に男性に触れるわけがない。

 ましてや、抱きつくなんてありえない。


 そう判断したらしく、ヒュージは私の言葉を信じたみたいだ。

 動揺は残っているものの、私とアレックスが恋人同士という前提で話を進めていく。


「驚きましたな……まさか、アレックスがクラウゼン嬢とお付き合いをされているなんて」

「知らないのも無理はありません。気軽に話せるようなことではないため、ふさわしい時が来るまでは秘密にしていましたから」

「なるほど……公爵令嬢であるあなたなら、そうせざるを得ないでしょうな」

「理解していただき、ありがとうございます」


 ヒュージは、だいぶ落ち着きを取り戻したみたいだ。


 さきほどまでの笑顔が戻り……

 そして、その笑顔の下で金勘定を始めているのも見てとれた。


 なんて不快な男。

 息子の恋路を祝福するのではなく、利用することしか考えていないなんて。

 本来なら、即叩き潰してやりたいところだけど、準備が整っていないので保留。


 まあ……

 彼の単純で下賤な思考は、私達にとってはとてもやりやすい。


「……お願いがあります、おや……父上」


 アレックスが頭を下げた。


 彼の話によると、ヒュージはまともに話を聞いてくれず、怒鳴りつけるのみだったそうだけど……

 さすがに、私の前でそんなことはしない。


 それに、今はアレックスの話にそれなりの興味を抱いているだろう。

 一蹴することはせず、「話してみろ」と威厳のある声で言う。


「俺は……いてっ」


 ヒュージの見えないところで、私に脇をつねられてアレックスが悲鳴をあげる。


 そうではないだろう。

 演技はできなくても、事前に暗記した台詞くらいは、ちゃんと口にしてほしい。


「わ、私は……」


 そう、それでいい。

 ヒュージのような偏見たっぷりの貴族ともなると、些細な言葉遣いで不機嫌になることも多い。

 嫌っているアレックスの言葉なら、なおさらだ。


 そこで話を止めたくないので、きちんとした言葉を使ってほしい。


「こちらの、す、素敵な令嬢と……くく」


 最後、アレックスが小さく笑う。


 おい。

 素敵な令嬢のところで笑ったな?

 後で覚えておきなさい。


「アリーシャさまと交際させていただいています」

「ふむ」

「彼女のことを真剣に愛しています。公の場ではなく、二人の話の中によるものですが、将来の誓いも交わしました」

「……それで?」

「現在、進められているお見合いをなかったことにしていただけませんか? そして、アリーシャさまとの交際を認めていただきたい」

「……」


 アレックスが最後まで言い終えると、ヒュージは難しい顔に。


 反対しようとしているわけではないだろう。

 公爵令嬢と繋がりができると、内心では喜んでいるはず。


 しかし、アレックスの前で能天気に喜ぶことはできない。

 そんなプライドがあるため、感情を押し隠し、あえてつかめっ面を作っているのだと思う。


 なぜ、そんなことがわかるのか?


 悪役令嬢ではあるが、公爵令嬢だ。

 社交界には幼い頃から出席していたし、たくさんの人を見てきた。

 だから、それなりの観察眼を身につけることができた。


「そうか、クラウゼン嬢と……ふふ」


 ほんの一瞬ではあったが、ヒュージはニヤリと笑った。


 狙い通り。

 私と……というか、公爵家と繋がりができることを喜んでいるようだ。


 よほどうれしいのだろう。

 いつもの冷静を保つことができず、一瞬ではあるが、笑みがこぼれていた。


 うんうん、実にわかりやすい人だ。

 だからこそ、御しやすい。


 ほら。

 私の思惑通りに……


「そうか……そういうことならば、私は親として、アレックスを応援しなければなりませんな」


 いい感じに、こちらが望む台詞を自分から口にしてくれた。

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