第38話 一人ぼっち

 商店街の次は、おいしいパン屋さんを案内した。

 タイミングが良いと、焼きたてのふかふかパンを味わうことができる。

 絶品だ。


 その次は、様々な衣服を扱う店に移動した。

 店のオーナーがデザインした衣服もあり、値段もお手頃だ。


 それから……

 色々な場所を案内して、ちょうどいい感じにお腹が空いてきたので、カフェに入る。


「えっと……私は、ランチセットで。飲み物はオレンジジュースね」

「私もランチセットでお願いします。飲み物はアイスティーで……あと、こちらのハムサンドとフルーツパフェもお願いします」


 注文が終わり、店員さんがカウンターの奥の厨房に消える。


「アリーシャって、けっこう食べるんだね」

「そうでしょうか?」


 よくフィーが作る料理の試食をしていたので、いつしか胃袋が大きくなったのかもしれない。


 ふと、じーっとネコがジト目を向けてきた。

 その視線の先は、私の胸や腰だ。


「それだけ食べて、その体型って……反則でしょ。ねね、なにか太らないコツとかあるの? 私、ちょっと油断したら、すぐお肉がついちゃうから」

「そう言われても……私、特になにもしていないのですが」

「くう……そういう体質、っていうわけ? なにそれ、ずるい。神さまは不公平だわ」


 本気で悔しそうにするものだから……


「ふふ」


 おかしくて、ついつい笑ってしまう。


 ネコは少しふてくされた顔をするものの……

 ほどなくして、私と同じように、おかしそうに笑う。


 ややあって注文した料理が運ばれてきて、おいしいごはんを堪能した。

 私もネコも料理には大満足。

 また来ようね、と約束もする。


 それから飲み物で口を潤しつつ、雑談に興じる。


 うん。

 ネコと一緒にいると、不思議と心が和らいでいく。


 落ち着くというか、安心できるというか……

 ずっとこうしていたいとさえ思う。

 これも、彼女の人柄がなせるものなのか?


「……ふう」


 しばらくおしゃべりをしたところで、ふと、ネコが遠くを見た。

 その横顔は、どこか憂いを帯びている。


「どうしたのですか?」

「……楽しいなあ、って」

「?」


 なにが言いたいのだろう?


 疑問に思うものの、でも、急かすようなことはしない。

 彼女の方から話してほしいと、私は待つことにした。


「……昔、さ」


 ややあって、ネコは口を開いた。


「あまり周囲とうまくいかなかったというか、いじめられてたことがあったんだ」

「そうなのですか?」


 信じられない。

 彼女なら、友達は百人はいると思っていた。


 でも、ふと思う。

 これが過去の話をするというイベントか?


「私って、マイペースというか強引というか……ほら、けっこうグイグイと行くところがあるでしょ?」

「ありますね」

「アリーシャは気にしないでくれるけど、でも、気にする子もけっこういるわけで……で、昔の私は、ちょっと人との距離のとり方を間違えていたというか……まあ、そんな感じだ」


 なるほど。

 だいたいのことは察した。


 私は、ネコのような積極性あふれる人は好ましいと思うのだけど……

 でも、誰もがそう思うわけじゃない。

 中には、そっとしておいてほしいと思う人もいるはずだ。


「で、ちょっとやらかしちゃったことがあって……それで、いじめられるようになったんだ」

「そうだったんですか……」

「ごめんね、こんな話をして」

「いえ」

「なんか、アリーシャには知っておいてほしかったというか……そんな気持ちになったんだ。だから、気がついたら口にしてた」


 たはは、とネコが笑い……

 それから頭を抱える。


「って……私、なにやってるんだろ。勝手に一人で話をして、反応に困る話題を持ち出して……はあああ、こんなだから昔、失敗したっていうのに……ダメだ。ぜんぜん成長してないし」


 自分でトラウマのスイッチを踏んでしまったみたいだ。

 ものすごく落ち込んでいる様子で、ネコは肩を落とす。


 でも私は……


「いいんじゃないですか?」

「え?」

「失敗してもいいんじゃないですか? 同じ失敗は繰り返さない、という話はよく聞きますが、実際には難しいものだと思います。何度も何度も失敗するのが当たり前ではないでしょうか?」

「それは……」

「取り返しのつかない失敗もありますが……でも、ネコのそれは違うでしょう? 何度失敗しても、何度でもやり直すことができる。そう思いますが」

「でも……それじゃあ、迷惑をかけてばかりじゃない」

「私は問題ありませんよ」

「……」


 なぜか、ネコが目を丸くした。


「グイグイと来るところが失敗なんて、私は思っていないので。むしろ、楽しいくらいです。だから、私は何度でも付き合いますし、一緒にいますよ」

「そう……なの?」

「はい。だって私達、友達じゃないですか」

「……」


 フィーのために仲良くしておかないと、という打算もあるのだけど……

 でも、それ以上に、私はネコのことを好ましく思う。

 友達であり続けたいと思う。


 だって、楽しいから。

 一緒にいると自然と笑顔になるから。


「友達だから……?」

「はい、そんな単純な理由です」

「単純かな……?」

「単純ですよ」

「……くは」


 ややあって、堪えられないという感じでネコが笑う。


「ダメ、ツボに入ったかも、あはは……こんなことを言うなんて、しかも公爵令嬢が……くふ、あははは」

「むう? なにがおかしいのでしょうか?」

「あははは」


 よくわからない。


 そんな私を気にすることなく、ネコは、しばらくの間、楽しそうに笑うのだった。

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