第37話 なにやら視線が?

「……」


 ふと足を止めて、後ろを見る。


 なにもない。


「どうしたの、アリーシャ」

「いえ……なにやら視線を感じたような気がするのですが」

「えっと……誰か知り合いでもいた?」

「いいえ」


 道行く人がそこそこいるものの、それだけ。

 その中に知り合いの顔はない。


「気のせいでしょうか?」

「気のせい、気のせい。それよりも案内よろしく!」

「まったく」


 苦笑しつつ、最初の目的地へ向かう。


 五分ほど歩いたところで、商店街に到着した。

 飲食、衣服、雑貨……色々な店が並んでいる。


「見ての通り、ここが商店街です。他にもいくつかの商店街がありますが、私のオススメはここですね。たくさんのお店があって、お値段もそこそこです」

「おー、確かに色々とあるね」


 感心したように頷いて、


「あれ? でも、なんでアリーシャが商店街の情報なんて持っているの? 公爵令嬢……だよね?」


 不思議そうに小首を傾げた。


 まあ、それも当然の疑問。

 普通に考えて、公爵令嬢が商店街に足を運ぶことはない。

 商店街で手に入るようなものは、誰かに任せるのが一般的だ。


 衣服や化粧品は自分の目で見たいから、足を運ぶことはあるものの……

 それは例外ということで。


「フィーが料理好きなので、よく商店街に足を運んでいるんです」


 フィーも公爵令嬢なので、自分で料理をするなんて普通はありえないのだけど……

 でも、彼女にとって料理は趣味のようなもの。


 最初は、公爵令嬢がキッチンに入ることを良しとされなかった。

 でも、フィーが料理をしたいというのなら、私はなんでもしよう。


 というわけで、ゴリ押しをしてフィーが料理をすることを認めさせて……

 ついでに商店街で買い物することも許可させた。


 父さまと母さまを始め、大多数の人が疲れたような顔をしていたのだけど、気にしない。

 全てはフィーのため。


「なるほど。言われてみると、シルフィーナちゃんって料理が得意そうだよね」

「はい。フィーの料理は、それはもうおいしいですよ。そこらのお店に負けないほどで……いえ、むしろ勝っていますね。圧勝ですね」

「ふふ」


 突然、ネコが笑う。


「どうしたんですか?」

「ううん。本当に仲が良い姉妹なんだなあ、って」

「当然です。あのようなかわいい妹がいたら、仲良くならないと損ですよ」


 最初は、破滅回避のために仲良くしようとか考えていたのだけど……

 最近はわりと気にしていない。


 フィーはかわいい。

 かわいいから愛でる、仲良くなりたい。

 それだけだ。


「私も……」

「ネコ?」

「なに?」


 一瞬、憂鬱な表情を見せたような気がしたのだけど……でも、今はにっこり笑顔だ。

 気のせいだったのだろうか?


「次、案内してくれる?」

「はい」


 ネコに促されるまま、次の場所へ向かう。




――――――――――




「普通に案内をしているな」

「けっこう楽しそうにしているね」


 そっと様子を見るアレックスとジークは、そんな感想をこぼす。


「「むう」」


 二人の男は微妙な顔になる。


 ネコといるアリーシャは、とても楽しそうな顔をしていた。

 自分といる時は、そんな顔を見せていない。


 相手は女性。

 でも、モヤモヤする。

 ついつい軽く嫉妬してしまうアレックスとジーク。


 そして、ここにも一人。


「アリーシャ姉さま……うぅ、すごく楽しそう」


 シルフィーナはジト目になり、子供っぽく頬を膨らませていた。


 とても素敵な姉なのだから、アリーシャに友達がいることは当たり前。

 一緒に出かけることも当たり前。


 でも、どこかモヤモヤしてしまう。

 自分だけに笑顔を向けてほしいと、子供っぽい嫉妬を覚えてしまう。

 親を独占したいという、兄弟がいる子供のような感情だ。


 ただ、シルフィーナはそのことを自覚していない。

 そして、今まで受け身ばかりだったのだけど、ここに来てアリーシャに強い感情を寄せていることも気づいていない。


「むぅー……」


 シルフィーナは唇をへの字にしつつ、二人の様子をこっそりと観察するのだった。

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