第9話 お菓子を作ろう

 アレックスと名前で呼び合うことになったのは、わりと大きな進展だと思う。

 好かれたと能天気に言うことはできないのだけど、少なくとも、嫌われることはなくなったと思う。


 ただ、安心はできない。

 しっかりとした友達になって、いずれくるであろう断罪イベントを潰しておきたい。

 あと、彼のような人は好ましいので、個人的にも仲良くなりたい。


 そこで、帰宅後、フィーにアレックスと仲良くなったきっかけについての話を聞いた。

 フィー曰く、アレックスは甘いものが好きらしい。

 お菓子を作っておすそ分けしたことがきっかけとなり、今のように仲良くなったのだとか。


 そのことを聞いた私は、さっそくお菓子を作ることにした。

 エプロンを身に着けて、屋敷の厨房に立つ。


「よし。がんばりますよ」

「あの……アリーシャ姉さま? どうして、突然、お菓子作りなどを?」

「もちろん、アレックスと仲良くなるためよ」

「うーん……アリーシャ姉さまなら、お菓子をプレゼントしなくても、自然と仲良くなることができるような気が……」


 なにやらつぶやいているものの、意味がよくわからない。

 自然に仲良くなるわけがない。

 というか、むしろ嫌われるのでは?

 なにしろ、私は悪役令嬢なのだから。


 スタート時は、すでにマイナス。

 だから、がんばってがんばってがんばって……

 好感度がカンストしてしまうくらいが、たぶん、ちょうどいいはずだ。


 そのために、できることはなんでもやっておきたい。


「というわけで、フィー。お菓子作りを教えてもらえませんか? 私、お菓子作りどころか、料理もまともにしたことがなくて」

「は、はい。でも……私でいいんですか? コックさんとかに頼んだ方が、確実だと思うんですけど」

「アレックスの舌と胃袋はフィーにがっちりと掴まれているのだから、フィーに頼んだ方がいいと思わない?」

「掴んでいるのかな……?」

「父さまから聞いたのですが、フィーはお菓子作りは得意なんですよね?」

「……はい。甘いものが好きで、中でもクッキーが一番好きですから」

「そうなのですか?」

「小さい頃、作り方を教えてもらったことがあって。あの人にとっては、戯れでしょうけど……」

「フィー?」


 そう言うフィーは、なぜか懐かしいような辛いような、不思議な顔をしていた。


「えっと……大丈夫ですか?」

「あっ、だ、大丈夫です。アリーシャ姉さまのために、がんばります。小さい頃は散々でしたけど、あれから練習を重ねて、今ではけっこう上手になりましたから」


 懐疑的な顔をするものの、フィー意外に頼むことは考えられない。

 そのまま強引に押し切り、お菓子作りを教えてもらうことに。


「さて、がんばりますよ」


 器具の準備完了。

 材料の準備完了。


 必ずおいしいお菓子を作り、アレックスの心を掴んでみせよう。




――――――――――




「アリーシャ姉さま……その、包丁はお菓子作りに使いません」


「目分量ではなくて、最初はきちんと計ってください。そのためのレシピなんですよ。プロならともかく、お菓子作り初心者には無理です」


「アレンジはダメです。絶対ダメです。おいしくなりそうだから? そういう考えが、なにもかも台無しにするんです」


「わっ、わあああぁ!? バターを直火にかけるなんて、なんでそんなことをするんですか!? フライパンなどに入れて、間になにかを挟むに決まっているじゃないですか!」


「あっ、あっ、あああぁ……そんな適当にしたら……いえ、もう無理です。手遅れです……」




――――――――――




 以上、現場からでした。


 フィーの指導は、最初は優しいものの、途中からなぜかスパルタになり……

 最後の方は、なぜか投げやりな感じになっていた。

 投げやりというか、全てを諦めた?


 なんで、そんなことになるのか。

 さっぱりわからない。


「というわけで、完成ですね!」

「……はい、完成です」


 ものすごく疲れた様子で、フィーが相槌を打つ。

 どうしたのかしら?

 久しぶりのお菓子作りらしいから、それで疲れたのかな?

 でも、そんなところもかわいい。


「出来の方は……」


 初心者ということで、誰にでも作れるクッキーをチョイス。

 その成果がテーブルの上に並べられていた。


 形はちょっと歪だけど、まあまあだと思う。

 ところどころ焦げているけれど、むしろ、それが良いアクセントになるはず。


「うん、我ながらなかなかじゃないでしょうか? 八十点をあげていいですね」

「えっ!?」

「フィー?」

「い、いえっ、その……なんでもありません」


 ものすごい甘い採点なのでは?

 なんていう顔をしていたような気がするのだけど……

 うん、気の所為よね。


「えっと……とりあえず、なんとか、ギリギリのところで、どうにかこうにか、本当にハラハラしましたけど完成したので、次はラッピングをしましょう」


 なぜだろう?

 言い方がものすごく引っかかる。


 でも、そのことを問うよりも先に、別の疑問が出てくる。


「ラッピング? タッパーに入れて渡すのでは、ダメなのですか?」

「ダメです」


 即答!?


「夕飯のおすそ分けをするんじゃないんですから……というか、アリーシャ姉さまは、どうしてそんな平民のことに詳しいんですか?」

「まあ、色々とありまして」


 前世の知識とは言えない。


「アレックスと仲直りするためのものなんですよね? それなのにタッパーなんて、ちょっとないと思います」

「そういうものですか……」


 前世での恋愛経験はゼロ。

 乙女ゲームの攻略対象にすら、何度か失敗して、振られてしまう始末。

 そんな私に、プレゼントする際の注意点なんてわかるわけがない。


 なので、フィーの話はとても役に立つ。

 さすが私の妹。

 かわいいだけじゃなくて、頭も良い。

 最高の妹ね。

 略して、最妹。


「タッパーじゃなくて、バスケットなどがいいと思います。それに、ちょっとだけリボンなどの飾りを載せておくと、なお良いです」

「なるほど……ついでに、花も飾りますか?」

「それはやりすぎです」


 なぜか却下されてしまう。

 むう。

 ナイスアイディアだと思ったのに。

 なにがよくてなにがダメなのか、いまいち基準がわからない。


 そう言うと、フィーがくすりと笑う。


「アリーシャ姉さまも、苦手なことがあるんですね。私、なんか少し安心しました」

「?」


 なんのことだろう?

 フィーの考えていることがよくわからず、私は首を傾げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る