第7話 姉として妹を守る

 ツカツカと足音を鳴らしつつ、フィーと女子生徒達のところへ向かう。

 今の私は、よほど恐ろしい顔をしているらしく、女子生徒達は恐怖に震えて、それぞれに体を寄せ合っていた。


 ちなみに、フィーもぷるぷると震えていた。

 私に怯えているわけじゃないわよね?

 いじめられていたから、それで震えているのよね?

 お姉ちゃん、信じているからね。


「あ、アリーシャさま……」

「どうして、この教室に……」


 どうやら、公爵令嬢である私は、それなりに有名人らしい。

 女子生徒達はさきほどまでの勢いがなくなり、怯えた様子で小さな声で言う。


「な、なにか用でしょうか?」

「ええ、もちろん。少し見ていたのですが……あなた達は、私の妹にずいぶんとひどい言葉をぶつけていたようで。なにを思い、なにを考えて、そのような行動をしていたのか。私に教えていただけませんか?」

「え……あ、その……」

「これは、なんていうか……」

「わたくし達は、なにも……えっと……」


 鋭く睨みつけると、逃げるように、女子生徒達はすぐに私から目を逸らした。


 まったく。

 私は、内心で深いため息をこぼした。

 彼女達の浅はかすぎる行動に、怒りを通し越して、哀れみさえ覚えてくる。


 公爵令嬢である私に睨まれたら終わり。

 逆らうことはできず、縮こまることしかできない、というのはわかるのだけど……

 今や、フィーも立派な公爵令嬢なのだ。

 そんな彼女をいじめていることが公になれば、どうなるか?

 そのことがわからないほどのおバカさんなんて……ホント、頭が痛くなる。


「……あなた達」

「「「は、はいっ!?」」」

「妹はいますか? それとも、姉は? 弟は? 兄は?」


 女子生徒は一度顔を見合わせてから、こちらの問いかけに答える。


「私は……妹が」

「兄と姉が、います」

「歳は離れていますが、産まれたばかりの妹が……」

「ならば恥を知りなさいっ!!!」

「「「っ!?」」」


 女子生徒達がビクリと震えた。

 それに構うことなく、私は鋭い声で、怒りに満ちた声で言う。


「大事に思う家族がいるのならば、わかるでしょう? 家族を傷つけられたのならば、どんな気持ちになるか。どれだけの怒りと悲しみを覚えるか」

「あ……」

「私とフィーは、つい先日、家族になったばかりです。しかし、時間は関係ありません。フィーは私の大事な妹です。その妹を傷つけようというのならば……容赦はしません」


 サァっと、女子生徒達の顔色が青くなる。

 ようやく、自分達がしでかした愚かさを理解した様子だ。


「「「も、申しわけありませんっ!」」」


 顔を青くして、震えて……

 そのまま大きな声で謝罪をして、必死な様子で頭を下げてきた。

 その場しのぎではなくて、本心からの謝罪に見えた。

 こちらの言いたいことを理解してくれたのだろう。


 徹底的に叩く……ということは、やめておこう。

 フィーを傷つけたことは許せないのだけど、でも、むやみに刃を振り下ろすことは好きじゃない。

 反省してくれたのならば、それでよしとしよう。

 かわいいフィーも、そこまでは望んでいないと思うし。


「わかりました。あなた達の謝罪を受け入れます」

「「「えっ?」」」


 簡単に謝罪が受け入れられるとは思っていなかったらしく、女子生徒達がキョトンとした。

 公爵令嬢にケンカを売るような真似をしたのだ。

 最悪、家の取り潰し……そこまでの未来を想像していたに違いない。


 ただ、そんなことをするつもりはない。

 そこまでしたら、家の権力を振りかざしているだけであり、悪役令嬢そのものだ。

 バッドエンドを避けたいというのに、悪役令嬢らしくしてどうするというのか。


 あとは、なによりもフィーのためだ。

 どうしようもないほどに断罪をして追いつめたら、逆上するかもしれない。

 その場合、私だけではなくてフィーに危険が及ぶかもしれない。

 それは絶対にダメ。


 向こうも致命的と言えるほどにひどいことはしていないので……

 この辺りで、互いに矛を収めよう、というわけだ。


「あなた達が家族を大事にするように、私も妹を大事に想っています。なので、さきほどのような真似はやめてください。私の言うことは、わかりますね?」

「「「はい……申しわけありませんでした」」」


 ちゃんと反省しているらしく、女子生徒達は肩を落としていた。

 それならば、これ以上言うことはない。


「今回はこのようなことになりましたが……ですが、次は何事もなく、笑顔で楽しい話ができるようになりたいですね」

「あ、あの……私達のことを許してくださるのですか?」

「はい」

「どうして……?」

「だって、嫌いな人を作るよりも、友達を作った方がいいじゃないですか」


 にっこりと言うと、女子生徒達は目を丸くした。

 次いで、なぜか見惚れたような感じで、頬を染める。


「「「……お姉さま……」」」

「え?」

「なんで慈悲深い……」

「まるで女神のようですわ……」

「私、お姉さまのファンになりました……あ、お姉さまと呼んでもよろしいですか?」

「え? あ、はあ……まあ、構いませんが」

「「「きゃーっ」」」


 困りつつも笑顔を向けると、女子生徒達は黄色い声をあげた。

 ついでに、周囲の生徒達も歓声をあげた。


 え? なに?

 これは、どういうこと?

 私、なにもしていないよね?

 それなのに、どうしてこんな反応に……うーん?


 まあ……いいか。


 なにはともあれ、フィーがいじめられるという事態は避けられた。

 今後の心配もいらないと思う。


「それじゃあ、フィー。また後で」

「あ……アリーシャ姉さま!」

「はい?」

「あの、その……あ、ありがとうございます!」

「お礼なんて言わないで。妹が困っていたら、それを助けるのは姉の役目なのですから。私はただ、当たり前のことをしただけですよ」


 なにか困っていることがあれば、いつでも頼るように。

 そんなことを言うように、軽くフィーの頬を撫でて、教室を後にする。


「……」


 廊下に出ると、なんともいえない顔をしたアレックスが。


「どうしたのですか?」

「……ありがとな」

「え?」

「俺じゃあ、なにもできなかった。割って入ることはできても、貴族を相手に戦うことはできなかった。だから……助かった」


 思わず目を丸くしてしまう。

 まさか、アレックスにお礼を言われるなんて……

 しかも、こんなにも素直。


「な、なんだよ?」

「もしかして……あなた、アレックスの偽物ですか?」

「なんでだよ!」


 当然だけど、怒られる私だった。

 ああもう。

 なんでこう、余計なことを言ってしまうのだろうか……

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