第12話 まばゆく輝く

 さまざまな品種の薔薇を楽しみながら園内を歩いていて、少し喉がかわいたタイミングで、ティーサロンに行き当たった。これはいいと大喜びして、一休みしていくことにした。

 私たちはガーデンテーブルの並んだテラス席を選び、紅茶と薔薇ジャムつきのスコーンを注文した。


 店員さんがいなくなると、幸希くんは、嬉しそうに話し出した。

「そうだ、僕、内定出たんですよ」

「わあ、おめでとう!」

 来年の春、彼は大学を卒業する。実は私はそれをひそかに楽しみにしていた。彼が学生でなくなったら、やっと対等なカップルになれるような気がするのだ。

「内定はインターンで行っていたところなの?」

「ええ。少しは仕事ぶりを認めてもらえたのかな、なんて。インターンぐらいで仕事ぶりなんて言うのもおこがましいですけどね」

「おこがましくなんてないよ、皆さんが幸希くんのことを評価してくれたんだよ」

 へへ、と嬉しそうに笑う幸希くんを見て、私も嬉しくなった。

「三緒さんはどうですか。仕事のほうは」

「うん、だいじょうぶ、順調だよ」

 働き始めてそろそろ1カ月だ。慣れないことばかりだが、どうにかやっている。ただ、パートなので給料は安かった。頑張っていればいつか正社員になれるのだろうか? 輝かしい幸希くんの未来と比べてしまって、少し居心地の悪い思いがした。


 店員さんがやってきて、テーブルの上に紅茶のポットとカップ、スコーン、そして薔薇ジャムを見事な素早さで並べてくれた。

 まずは紅茶を一口飲んでみた。ふわりと甘い香りがして、とても美味しい。スコーンはほんのり温かく、薔薇ジャムは甘酸っぱくて、どれも期待以上だった。

「来てよかったね」

「そう言ってもらえて良かったです」

「あ、でも、幸希くんはどう? 薔薇とか好きなの?」

 彼は、あー、と言いながら、自分の首に手を当てた。

「正直あまり興味はないんですけど、でも薔薇に囲まれた三緒さんを見ているのは飽きないですね」

「そっか。じゃあ、次回は幸希くんの行きたいところに行こうよ」

「口説き文句を普通にスルーしましたよね、今。っていうか僕の行きたいところですか。ボルダーとか?」

「ボル……?」

「壁にのぼるやつです。以前はボルダリングって呼ばれてましたけど名称が変わったんですよね」

「ああ! きっと幸希くんなら簡単にのぼっちゃうんだろうな」

「あはは、これはいいところを見せないといけませんね」

「楽しみだな。ねえ、私ね、幸希くんと一緒にいると、止まっていた時間が動き出したみたいな、世界が広がるみたいな、そんな気持ちがするんだよ」

 幸希くんは、きょとんとした顔をしている。

「ふふ。意味わかんないよね。ただ、ありがとうって言いたかっただけ」

「そんな、それをいうなら僕だって。三緒さんといたら、僕は優しくなれるんですよ」

「えっ、でも幸希くんはもともと優しい人だよね」

「そう……でもないですよ」

 やわらかく、でも、どこか悲しげに笑ってみせる幸希くんが、いつもよりずっと大人に見えた。

「三緒さんって、相手の下心とかにちょっと鈍いところがありますよね」

 年下からそんなことを言われて、びっくりしてしまった。

「僕は最初から三緒さんを狙ってたんです。気づいてなかったでしょう? 旦那さんの浮気について電話で相談しているのが聞こえてきたとき、これはチャンスだと思いました」

 確かに、あのときのことを思い返してみれば、相談に乗るとやや強引に言われたような気がする。

「自分で言うのもあれですけど、僕はけっこう打算的な人間です。でも、三緒さんと一緒にいると、僕は本物になれる気がする。本当に優しい人に」

 幸希くんはいっぱい抱きしめてくれて、いっぱい好きって言ってくれて、私は嬉しくて、あたたかい気持ちになって。いつも助けてもらっている。だから、私も幸希くんの役に立てたらいいなと思った。



 幸希くんに自宅まで送ってもらい、背中が見えなくなるまで見守ってから、郵便受けを調べてみた。いつものルーチン、嫌がらせで入れられているゴミを片付けなければ。しかし、その夜は郵便受けを覗き込んで、私は固まってしまった。

「これ、何……?」

 見慣れない黒っぽいものが入っていた。最初、人の頭が入っているように見えて、ぎょっとしたが、よく見たら違った。

 それはカラスの死骸だった。

 ぞっとした。動物の死体なんて初めてだ。それもカラスだなんて……。


 このとき、これは近藤さんの仕業ではない、という予感がした。


 彼女はおかしな人だったけれど、元夫を責めるようなことはなかった。そんな人が、カラスを嫌がらせに使うなんて変ではないだろうか。いや、元夫のことで私に恨みがあるからこそ、カラスの死体を利用したということも考えられる。

 理屈ではどちらとも言えるが、私の直感が、これは近藤さんのしわざではないと告げていた。


 犯人は誰だろう。元夫の事件を知っていてカラスを選んだのだろうか。だとしたら、あまりに悪質だ。いままでは近藤さんのしわざだと決めつけ、「迷惑だな」ぐらいにしか受け止めていなかったが、今回初めて恐怖を感じ、その夜は戸締まりを確認してから就寝した。あまりよく眠れなかった。


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