5・離れる心


 ここまで来ると、もう気のせいとは言えない。


 「アーク、盾っ‼」

 「た、たた、盾よっ‼」


 苛ついたようなシャオの声。

 現在、俺たちは火山の中で野生の魔獣と戦っている。


 相手は二足歩行の赤いブタ。名前はレッドオーク。

 手には棍棒を持ち、がむしゃらに振り回している。


 「アーク邪魔っ‼ どいてっ‼」

 「わ、悪いっ」


 ファノンの弓の斜線上に俺は立っていたようで、聞いたことのないようなファノンの怒号でその場から離れる。


 「ユウヤっ‼ お願いっ‼」

 「兄さん、どいて下さいって言ってるでしょう、邪魔ですっ‼」


 慌てる俺はとにかく下がる。

 ちくしょう、お前たちみたいに連携の訓練なんてしてないんだ。どうすりゃいいんだよ。


 「ユウヤっ‼ トドメですっ‼」

 「おォォォォっ‼」


 聖剣の一撃が、オークを縦に両断した。


 「ナイスユウヤ‼ さっすがね‼」

 「それに比べて······、兄さん‼ 貴方は何をしてるんですか‼ 戦闘もロクに出来ないのに、前に出ないで下さい‼」

 「もぅアーク、うっざいよ〜?」

 「わ······悪い」


 俺は騎士団支給の鉄の剣を鞘に戻し、ため息を吐く。

 勇者は笑顔で言う。


 「アーク、怖いのは分かるけど、力を抜いて戦うんだ。ガチガチのままだと、イザというときに動けないからね」

 「ああ······、ありがとう」

 「ユウヤさん、怪我はありませんか?」

 「平気だよフィオーレ。ありがとう」


 王国から火山まで2週間の旅路。

 シャオたちは少しづつ俺に冷たくなっていた。

 

 魔獣との戦闘で俺が使い物にならず、一度だけ勇者に庇われ勇者が怪我をしたことがあった。

 その時から、シャオたちは変わっていった気がする。


 俺の仕事は専らパーティーの世話係。

 魔獣の解体をして保存食を作り、立ち寄った町で買い出しをしたり、野宿の際はテントを組み立て食事を作り、ほぼ毎日寝ずの晩をさせられた。

 

 しかし、勇者もシャオたちもそれが当たり前になっている。

 町に到着した時。荷物や馬車を全て俺に任せ、5人で仲良く町に買い物に出かけた。

 宿の手配や馬の世話、雑用などを全て俺に押し付けて。


 そして今日。疲れた身体にムチを打ち、俺は必死に戦闘に参加している。

 

 「もうすぐ赤龍の住む最下層だ。気を引き締めてくれ」

 

 勇者は聖剣を抜き、堂々と進んで行く。

 そして最下層。ついに赤龍が姿を見せた。


 『グォォォォォッ‼』


 化物。

 それしか思いつかなかった。

 真っ赤な体躯に大きな翼、鋭い爪に太い手足。

 おとぎ話で見たような、そんな化物だった。


 「さぁ、勇者ユウヤの聖剣、見せてやるっ‼」


 ユウヤは飛び出し、シャオも続く。

 ローラは呪文を詠唱し、ファノンは矢を番え構える。

 フィオーレ姉さんは岩場に隠れ、怪我をしてもいいように薬を準備していた。

 

 そして俺は、恐怖で足が竦んでいた。

 そんな俺を見た赤龍は、口から真っ赤なブレスを吐き出した。


 「マズいっ‼ アーク、盾を出せっ‼」


 勇者の指示。

 しかし俺は動けなかった。


 「クソっ‼ はぁぁぁっ‼」


 ブレスと俺の前に割り込む勇者。

 そして、俺は確かに聞いた。

 



 「|これで彼女たちは(・・・・・・・・)|ボクのモノだよ(・・・・・・・)」





 ニヤリと笑い、聖剣でブレスを弾く。

 その意味が理解できず、俺はただ守られていた。


 「ユウヤっ‼」

 「ユウヤっ、避けて下さいっ‼」

 「ユウヤぁ〜っ‼」

 「ユウヤさんっ‼」


 俺はブレスに押される勇者の背に手を添えた。

 その行動は無意識だった。

 

 「はぁぁぁぁっ‼ ゴールデンスラッシュっ‼」

 

 聖剣が莫大な閃光を放ち、まるで刃のように放出され、赤龍の身体を両断した。


 

 8龍の1体、赤龍は討伐された。



 ********************



 勇者の元にローラとフィオーレ姉さん、ファノンが駆け寄り、シャオは蹲る俺のもとへ。

 俺は立ち上がり、シャオと向き合った。


 「しゃ、シャオ」

 「こんのっ、役立たずっ‼」

 「っ⁉」


 顔をパンチで殴られた。

 口の中が切れ、そのまま仰向けで倒れる。


 「ユウヤは、ユウヤは勇者なのよ⁉ ユウヤに何かあったらどうすんのよっ‼」

 「その通りです。兄さん、なぜ盾を出さなかったのですか?」

 「そ、それは」

 「ホンっとうっざい〜っ‼」

 「ユウヤくん、怪我はないですか⁉」


 フィオーレ姉さんに微笑み、ユウヤは言う。


 「みんな、アークを責めないでくれ」

 「で、でもコイツは‼」

 「いいんだ。赤龍は強かった。ボクも恐怖を感じた、でも、仲間を守るためなら動くことが出来た。アーク、怪我はないかい?」

 「······」


 爽やかな笑顔で差し出される手。

 俺は無言で手を掴み立ち上がる。


 「さぁ、帰ろう。王国に帰還して次の龍を倒しに行こう」


 シャオたちはユウヤの傍に付き従い、俺はその後ろを歩いていた。

 

 ユウヤの狙いは、俺の信用を完全に消すこと。

 シャオは俺の婚約者。それは今でも変わらない。でも、それは口約束に過ぎない。

 もしシャオが俺に愛想を尽かせば、ユウヤのところへ行くだろう。

 みんなの態度を見ると、恐ろしいくらいの距離を感じた。


 

 こうして、俺たちは近隣の町で補給してから王国へ帰還することになった。



 ********************



 諸々の手配を済ませ、宿へ入る。

 確保した部屋は3つ。俺、勇者、女子4人の部屋だ。

 各自解散となり、俺は荷物のチェックを行おうと部屋に入ろうとした時だった。


 「ローラ······」

 「何ですか、兄さん」


 俺の部屋の近くに、ローラがいた。


 「あ、あのさ、よかったらお茶でも飲むか?」

 「結構です。忙しいので、それに、こんな時間に兄さんの部屋に入るなんて考えられません」

 「いや、俺たち兄妹だろ? 考え過ぎ」

 「兄妹? 血は繋がってませんよね。それと、いい機会なので言わせて頂きます」

 「な、何だよ?」




 「兄妹ごっこはもうお終いです。私たちは血の繋がりのない他人。これ以上、私に構わないで下さい」



 

 俺は、自分の耳を疑った。


 「う······、ウソ、だよな?」

 「本気です。私にはユウヤが居ます。彼の思いと私の思いは1つです。なので、貴方は必要ありません」

 「ろ、ローラ」

 「貴方は勘違いしてるかもしれませんが、貴方は戦力ではなく雑用係、そしてイザというときの盾です。勘違いせず、その役目を全うして下さい」

 「おい、ローラ」

 「それと、私たちは全員、ユウヤに求婚されました」

 「え」

 「ユウヤは、魔王討伐の暁に、国王になることが決定しています。そして、私たち4人を妃として迎えたいと、先程プロポーズを受け、全員が了承しました」

 「ま、まさか、冗談、だろ?」

 「真実です。かつての兄が何も知らないというのは哀れなので、伝えるために来たんですよ?」

 「しゃ、シャオは?」

 「もちろん了承しました。大喜びでしたよ?」


 俺は心臓が恐ろしく鼓動するのを感じた。


 「ろ、ローラっ‼」

 「触らないで下さい」 

 「がぅっ⁉」


 バチンと、紫電が俺の全身を包み、思わず膝を付く。


 「ではこれで。王国へ帰還したら自由にして構いません、私たちは忙しくなるので」



 それだけ言うと、ローラは部屋へ戻って行く。



 ********************



 俺は勇者の部屋の前に来ていた。

 火山での言葉の意味と、シャオたちの求婚の事実を確認するためだった。


 そして、絶望は俺をどこまでも突き落とす。


 「ユウヤっ、ユウヤぁぁっ‼」

 「シャオ、最高だ······っ‼」

  

 ノックしかけた手が止まる。

 聞こえたのはシャオの声。

 色っぽい、女の声。

 

 そんなバカな。

 シャオが、勇者と?


 甘くとろけるような声は、勇者とシャオが交わっていることを表していた。

 俺は後ずさり、口を抑える。

 酸っぱい物がこみ上げて来た。


 俺は気付かれないように階段を降り、ローラたちの部屋の前にファノンとフィオーレ姉さんがいるのに気が付く。

 階段側なので俺の存在は気付かれていない。


 「お姉ちゃん、ユウヤとガッツリしてるね」

 「いいじゃない。初めてくらい2人きりにしてあげないとね」

 「んふふ、それにしてもアークは可哀相だよね〜。愛しのお姉ちゃんが寝取られてさ、でもアークは弱っちいから仕方ないか。それに最近ちょっとウザいしね〜」

 「確かに、ユウヤくんと比べると雲泥の差ですね。私たちの視野が狭かったのでしょうか? 同年代の男の子はアークくんくらいしかいなかったから、ステキに見えてただけかもですね」

 「それそれ〜。うへへ、ユウヤにプロポーズされたときなんて嬉しいかったな〜」

 「はい。これで私たちは時期王妃ですね」

 「んふふ〜。ねぇフィオ姉、次はあたしだよね?」

 「次はローラちゃん、その次は私、最後がファノンちゃんですよ? こればかりは譲れません」

 「ぶっふ〜」


 何だよ、何の話だよ。

 俺は、俺は一体なんなんだよ?


 ファノンたちが部屋に入ると、階段からシャオが現れた。

 俺を見ても興味を示さず、そのまま素通りした。


 「シャオっ‼」

 「······何よ?」

 「お前、お前は俺の······、婚約者、だよな」

 「はぁ?······あぁ、あんときの。あれパスね、アタシはユウヤの奥さんになったから」 

 「そ、そんな、じゃあ、勇者の部屋で」

 「······見てたの? サイッテーっ‼」


 それだけ言うと、シャオは部屋に入った。

 俺は階段で蹲り、ローラが素通りしたが反応すら出来なかった。




 俺の|冒険(ぜつぼう)は、まだ始まったばかりだ。

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