青き心のハレー
つくも せんぺい
第1幕 ハレー、帰還する
ムーンフォレストに五色の王が揃い、森が復活する奇跡をハレーが目の当たりにしてから、まだ少しの時間。
王たちが互いを労い、頷き合う様子を遠巻きに見守っていたハレーのもとに、その場を離れた青の国の王、アズールが歩み寄ってきた。
「もう頭は下げなくていいよ。他の王の手前とはいえ、ハレーまでずっと堅苦しいのは勘弁してほしいな」
先ほどまでの神秘的で落ち着いた王の風格はもうなく、疲れて眠そうな目をこすりながらアズールはポンポンとハレーの肩を叩く。一緒に来ていた青の国の者は、先代と直系の近衛だ。
ずっとこちらを睨んでいる。
王が気を抜くと、 ハレーのせいにされるのはいつものことだが……。
あちらに戻った方がよくないかと顔を近づけて
「えー……まだ色々話したいんだけど、今回は仕方がないね。今後の話もあるだろうし、僕はもう少し残らなきゃいけなさそうだ。ハレーは先に戻っていて。一座のみんなには、一度青の国に帰るよう伝えてある」
「わかりました」
ハレーが王の指示に了解し、早速移動しようと一礼をすると、思い出したようにニンマリと笑いながら王は彼を最後に呼び止めた。
「クレタから聞いたよ、活躍したらしいじゃないか。僕はこっちに移動していてすれ違ったから、会えなかったけど。おめでとう」
「おめでとう……? クレタ様は、どう説明されたのですか?」
「伴侶ができたと」
「違います」
ハレーは頭を抱えながら否定する。
だろうねと、王はケラケラと笑った。
先のムーンフォレストの次代の王を巡る戦いで、ハレーは赤の王クレタの命と月の紋章を狙った黒の国のダークエルに対し、彼女の幸せを探す手伝いをすると約束し、戦場から無理矢理離脱させた。
そう、無理矢理。
この後一座に戻ることを考えると薄ら寒い気分になるが、
クレタ王がムーンフォレストの王になり目的を失ったいま、彼女には新しい生きる理由を見つけてほしいと思っている。探す手伝いが自分なんかでできるのであれば、喜んでしようとも。
「彼女の幸せは、見つけたいと思っています」
「頑張ってくれ、ミカエルも喜ぶ」
アズールは黒の王に視線を向けた。国のためではなく、そこに読み取れる感情は一人の友人としてのものだと理解する。
「まぁ、もし暴れててもみんななら大丈夫でしょ。彼女と向き合うなら、森の変化をその目で見て感じて戻った方が良い。そうだハレー、国に戻る前に泉の水を
「……? わかりました」
怪訝に頷くハレーだが、アズールは満足そうに頷いた。
「では青の調査隊ハレー、これまでの任務ご苦労だった」
労いの言葉とともに、彼は王の風格を宿す表情に一変する。
「最後に復活した森の調査を命じる。その後、一座への帰還を果たせ。そこでキミの任を解く。しばしの
「御意に」
こうして、クレタを巡るムーンフォレストでの一件において、ハレーの役目は終わった。
◇
始まりの泉は神殿のすぐ側にある。
泉の周りに木々はなく、夜には月の光が差し込むような形になっていた。もう空は明るく青くなっていたが、月は白く浮かんでいる。
月の加護を受ける、はじまりの泉。澄んでいた水面は、いまでは玉虫色に変化し続けていた。持っていた瓶に水を汲むと、水は透明に戻る。
「不思議なものだ。これが本来の姿をとり戻した森の神秘か……」
思わずひとりごちながら、王の助言を遂行しひと息つく。
王が集まる場所は、神殿の中でも鳥の声や木々が葉をこすり歌い賑やかだったが、ここはとても静かだ。見上げると月はもう真円ではなくなっていた。
それからハレーは、自らの足で復活した森を確認しながら青の国に戻っているはずの一座を目指した。
復活の際に伸びた木々により、道が無くなっていることも想定していたが、人や獣が通るための道はさらに整備された形で存在している。
世界の生きとし生けるものの中心、ムーンフォレスト。
もたらされる
「素晴らしい」
復活した森は、彩りに満ちていた。
緑の葉だけではない。黄色味がかった若葉。鮮やかな赤い葉も、花も咲いている。
暗い場所の足元では、発光する苔が白や青に光っていた。
帰還の目的がなければ、森の美しさに延々と目を奪われていたことだろう。
中でも目を見張るのは、黒だ。
黒い
五色だけではない。
たくさんの色が、今のムーンフォレストには息づいている。
森の復活を目にしたハレーの心は震えた。
「わたくしでなければ、彼女にこの森を見届けさせ、目を開いてあげられたのかもしれないな……」
ダークエル。戦うことしかできなかった彼女の、黒く
彼女の心は自らの境遇を呪い暗闇に呑まれ、光を拒んでしまった。
いまこの場に居れば、何か変わったのだろうか。
あの短い戦いで自分がしたことは、戦場から彼女を遠ざけ、問題を後回しにしただけだ。悔やんでいないと言えば噓になる。
けれど……この森が、見上げれば浮かぶ白い月が、ハレーに確信させる。
大丈夫だと。彼女も変われると。どの色も欠ける必要はない。混ざり一体となり、共に生きられるのだと。
どんなに心が欠け暗闇に包まれても、月のようにまた光を満たしていけるのだと。
自分がそうだったように、彼女もまた、幸せになれるのだと。
手遅れなんてことはないのだ。
ハレーは一人、決意を新たにする。
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