第54話 推し
会場全体、ネットでの参加者達を魅了する歌声。彼女は音の中で舞いながら、とびっきりの笑顔を振りまいて声を伝える。
「歌詞が……違う?」
それはすぐに気づいた違和感。俺が事前に練っていた歌詞、古閑さんを通してナターシャに伝ったはずの歌詞カードは、道中で紛失してしまったのだろうか。だとすればナターシャのアドリブ力とパフォーマーとしての魂は本当に卓越しているのだろう。その声には、芯が通っていた。
『あのとき君に出会って、私は踏みとどまれた』
『レトロなゲームの中の、落ち着く君の声』
『私の世界に、光をくれたっ』
彼女にとっての大切な出来事なのだろうか。言葉の節々に、どのナターシャの歌動画でも聞いたことがない感情が乗っている。その眼には、普段のクールな目つきの奥に迸る暗い過去を乗り越えた底力が見える……ような気がする。デジタルだから勝手な偏見なのだけれども。
彼女の色で包まれたステージを疲れも見せず美しく舞い歌い続ける。
俺は小学生でボカロというものに出会ってから、逆張り基質な性格も相まって人が歌う歌を忌避する傾向にあった。況やアイドルなど、自分を売り出すために曲というものを使わないでほしいとさえ、そう思っていたのが俺の中学期だ。
最近の楽曲は似たような音使いと大して深い意味なんてない耳に心地よいだけの歌詞が散在していて、そういうのがテレビなどでもてはやされているのを見るとすごく腹が立った。Vtuberもそれの一つだった。
配信というコンテンツで生きていくのなら、生身を晒す覚悟など持って当然だ。これが、クラスメイトの彼に紹介されるまでの俺の考えだった。
「馬鹿だな…俺」
この世界に、どれだけ度胸の足りていない輩であろうとも、どれだけ自分が認めていない人であろうとも、彼らは自分の描いた夢のために懸命に努力をしているのだ。自分の才能を凡人レベルだと決めつけて人生を貪っていた俺とは違う。
ナターシャは、自分の夢のためにナターシャをやっている。自分を晒すのが怖いから、人付き合いが苦手だからバンドを組むのを嫌がっていた自分と違って、それでもなおナターシャを通して彼女は懸命に世界に光を灯そうとしている。
『私は変われた。私でも変われたんだ』
『あなたにありがとう。そしてみんなに希望を―――』
『わたしの色でみんなを包んであげる』
『皆の笑顔が、私の光をもっと強くするから!!』
「遥か……遠くまで、これからも一緒に盛り上げていきましょう!!!」
彼女のイメージにも合わぬ咆哮にも近い激励は、会場を大歓声に包み、裏方のスタッフさんまでも感激させ、俺の心に大きな光をくれた。
「俺も、元は好きだったんだよな……アイドル」
3歳のころだっけか。親にせがんでアイドルのCDを聞きあさるませた奴だったなぁなんて思い返して……
俺は、人生で二度目の推しに出会っていた。
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