第26話 未来で今の話をしようよ。
「我々の最終的な目標は、魔王を打ち倒し、この世界を『神界』に戻すことです」
エルザがまた淡々と話し始める。私は彼女をじっと見据えた。
「この世界には本来、人間と魔物が住まう『人間界』、神々と天使が住まう『神界』、悪魔や魔物が住まう『悪魔界』、善行を積んだ死者が行く『天界』、悪行を積んだ死者が行く『地獄界』があることは、ご存知ですね? この世は、各世界が同等の力を持っているからこそ均衡が保てています。ですが本来であれば、これらの世界の内、一つでも欠けると、他の世界に侵食される恐れがございます」
どこから持ち出したのか、紙とペンで世界図を分かりやすく書いてくれている。私たち四人は覗き込むようにしてそれを見ていた。
「特に危険なのは、『悪魔界』……魔物だけなら未だしも、悪魔は人間並みの知性を持った存在です。彼らは自分の私利私欲のために、この世全体を『悪魔界』にしようとしています。……事実、四大神様が打ち倒された時も、大悪魔デルフィスを中心とした悪魔たちは、魔王軍と手を組んでおりました」
そう言うと、エルザは苦々しい顔をした。魔王たちの話をしていた時よりも、遥かに苦々しく、恨みつらみを込めたような、表情。少し背筋が寒くなった。
「それを防ぐために、一刻も早くこの世界を神界に戻さなくてはなりません。そのため、まず皆様には、四大神の頃の記憶を取り戻していただく必要があります」
途端、他の三人が戸惑ったような雰囲気を醸し出した。
「……記憶を取り戻すったって、どーするんだ? ……俺たちはマリー嬢みたいに、前世の記憶を持ってるわけでもないのに」
「……私たちもまだ探り探りですが……私たちの前世での経験を元に、遺跡や四大神に関係しているもの、ひとまずはそれらを片っ端から触れていただこうと思っております。『神々の詠唱』もその一つです」
エルザは一口紅茶を飲んだ後、少し息をついて、また話し出した。
「これを使うことにより、そうですね、記憶の引き出しを開けやすくするというか。そんな効果が期待できます。実際、だいぶ前の前世でルイア様の生まれ変わりの方とお会いした時、『神々の詠唱』を使った後、四大神の頃の記憶を少し取り戻しておりました」
え、と三人してルイス様のを見る。ルイア様、と言っていたから、恐らくルイス様の前世なのだろう。というか、ルイス様も生まれ変わりしてたんだ。
「……申し訳ございません、全く、記憶が」
「構いません。そもそも、前世の記憶がある方が珍しいですから」
そう言ってエルザは微笑んだ。
……前世の記憶がある方が珍しいって、じゃあ私はどうなんだ。なんでこんな記憶が残ってるんだろう。うーん……魂本体の記憶力が良いとか、そういう問題?
そんなことを考えているうちに、エルザがまた話し出した。慌てて意識をそちらに集中させる。
「『神界』が戻るのは、皆様が今世の生を終わらせた時になりますが、今世で記憶を全て取り戻してからではないと、『神界』には戻りません。また、記憶を取り戻すことで、本来の神としての力が戻りますから、魔王を打ち倒すための戦力ともなります」
そう言い切ると、エルザはぱたん、と本を閉じた。
「『今世の生』は、今すぐ終わらせる必要はありません。ですが、魔王討伐に関しては早急に対処しなければ、この世界が魔王軍に支配されます」
エルザは、真剣味を帯びた目で私たちを見つめる。息が詰まって、上手く呼吸が出来ない。
「再三、申し上げますが────皆様にはまず、一刻も早く記憶を取り戻していただく必要があります。どうか、ご協力をよろしくお願い申し上げます」
そう言って、元五つの神魂の四人は、全員で頭を下げた。
私たちはそれを見つめながら、静かに肯定の意を示す他無かった。
私たちが四大神ということを知ってから、数日後。
あの後私は無事退院し、今では普通に学校も通えている。
ちなみに、あの時は暴走した理由は分からずじまいだったが、後になって色々判明した。
恐らく、命の危機に瀕して、私の中の魔力が何とか生きようとした結果、変に魔力が循環しすぎて暴走してしまったらしい。
謎に背中の傷は治っていたから、まあ良いのだけど。
そんな感じで色々と忙しかったが、もう夏休みも間近。
四大神の記憶を取り戻す件もあるし、魔王討伐も(実感湧かないけど)いずれしなきゃいけないから、夏休みは特訓しようかなあ……なんて思っていた矢先。
それは突然にやってきた。
「……えと、つまりそれは、私たち四人で特訓するということでしょうか……?」
「そういうことだ」
私は他の三人を見た。黒白青。……見覚えのある、他の四大神の生まれ変わりだ。
急にジル殿下に呼ばれたから何だと思ったら……私たち四人で、この夏期休暇の間、訓練(を中心として、交流を深める)をしようと提案されるなんて。
「記憶を取り戻すためには、少しでも一緒にいた方が思い出しやすいのではないかと思ったんだ」
「なる、ほど」
「まあそれに、うちの城の図書館には色んな本があるから。そこで四大神のこととか調べていけば、記憶を取り戻す材料があるんじゃないかなーと思ったから、はいこれ」
「あ、ありがとうございます。……ん、あの、これは」
「そうだな、いわゆる通行手形のようなものだ。これを見せれば王城に自由に出入りできるし、図書室も自由に使ってもらって構わない。ルイス嬢も、受け取ってくれ」
「……ありがとうございます」
二人してジル殿下とフリードリヒ殿下から受け取った。おお、なるほど、通行手形。これで王城に自由に出入り。
……いやいやいや。いやいやいやいや!!!
「あっ……のぉ、お言葉ですが、本当によろしいのですか?」
「何がだ。セキュリティの問題か」
「いや、それもそうですが。血縁関係者でもないのに、なんというか、良いのかなと」
「……本当に魔王軍が力を取り戻しつつあるなら、ぐだぐた言ってられない。ここでセキュリティ云々を言って、手掛かりとなる情報収集が出来なかったら何も進めないだろう?」
いや、そうなんだけど。確かにそうなんだけど。私の戸惑いを尻目に、ジル殿下は言葉を続けた。
「かと言って、俺たちが仕事をほっぽり出す訳にも行かない。俺たちもなるべく情報収集に努めるが、大半は二人に任せることになるかもしれない。お願いできるか?」
「そ、そういうことであれば喜んで引き受けさせていただきますが……」
でも、本当に良いかなあ、なんて思いながらジル殿下を見つめる。
殿下は私をちらりと見返した後、何でも無いような顔をして紅茶を飲んだ。
「大丈夫だ。俺は知っているからな。それを失くすか悪用したらどうなるか、貴女たちが分かっていることぐらい」
感情のこもってない、ひどく冷たい目で私たちを見据える。ひゅっ、と息が詰まったような気がした。この人が恐怖を司った
「おーいジル、怖がらせるなって。ごめんなあ、マリー嬢、ルイス嬢。こいつ愛想悪くってさあ、でも根は良い奴だから」
そう言って、フリードリヒ殿下はからからと快活に笑う。ついでにジル殿下の背中をバシバシ叩きながら。
「……すまない、そこまで怖がらせた気は無いんだが」
「ほんとかよー」
ほんとかよー、って私も思いました。だってあれ、絶対脅してましたよね、そうですよね。
まあ私はまだ良いですけど。ルイス様はどうなのだろうか。
いくら肝が座っていて、大人びたルイス様でも、流石にちょっと怖かったのでは……と思ってちらっと見た。
ルイスちゃんは、割と早くに私の視線に気付いてくれたけれど、
(……? どうかなさいましたか?)
と思っていそうな目をしていて、私はそっと目を逸らした。……本当に肝が座りすぎてない?
「まあーとにかく。魔王討伐のためにも、
「……そうですね。私も、家から何か手助けになるものが無いか、探して参ります」
「頼んだ、ルイス嬢。メチレル家はルイアの末裔と聞くから、もしかしたら何かあるかもしれないしな」
そんな風に皆が話している間、私は一人ある言葉が引っかかっていた。
……魔王。
彼はもうすぐ、完全に復活するのだろう。そしたら、私たちは彼と戦うことになるのだろうか。
でも何故だろう。
きっと、憎むべき相手なのに……あの時暴走する直前の意識の中でも、確かに私は恨みを彼に覚えたはずなのに。
……私は今、彼と戦いたくないと思ってしまっている。
でも、そんなことは言えない。……少なくとも、五つの神魂の前では、絶対に。
そう思いながら、私は前から気になっていた質問を三人に問いかけた。
「私も、色々探して参ります。……それとは全く違う話なのですが、皆様に一つ質問をしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
ジル殿下が、切れ長の涼やかな目で私を見つめる。
その目に何処か懐かしさを覚えながら、私は言った。
「皆様は、本当に、エルザたちが言っていたことを信じていらっしゃるですか?」
─────沈黙。少しの緊張感と、「まさかそれを聞くのか」という動揺が読み取れる。
でも、今後本当に四人で過ごしていくのなら、この質問は必要なことだ。
「……転生を繰り返して、一、二個前の前世を思い出すことができる私は、まだ『生まれ変わり』を理解できますし、受け入れられます。でも皆様はそうではない。一つ前の前世ですら思い出せない。それなのに、どうして信じることが出来るのですか?」
私は三人をじっと見つめた。いや、正確には、ジル殿下とフリードリヒ殿下を。
ルイス様は、まだ納得できる。何故なら私と一緒に、ルーナとエルザの会話を聞いていたから。あの重っ苦しい会話を聞いた後に、あの重っ苦しい感じでカミングアウトされたら、そりゃ信じたい気持ちも出てくるだろうけど。ジル殿下とフリードリヒ殿下はこの話を初めて聞いただろうし。
─────正直、これはずっと気になっていた。そして、皆、主に二人がどう答えてくれるのかも。
少しの沈黙が流れた後、ジル殿下が静かに口を開いた。
「俺は、正直まだ受け入れられない。だが、信じることは出来るし、納得も出来る」
「なんでですか?」
「あの場で嘘をつく理由が無いからだ」
ジル殿下は冷静に言った。でも、私が彼の目をじっと見つめていると、根負けしたようにため息をついた。
「そんなに疑い深くなくても良いだろう。別に貴女の質問を誤魔化しているわけではない、が……実はあの話がされる前に、俺とフリードはその話を知っていたんだ」
「……え」
え、はい?
「あーそうなんだよ。実は言えなかったんだけどさ、ティアとリリーが話してるのを二人してたまたま聞いちゃって。……いやほんとほんと!! ほんとだから!! 少なくとも真実司ってるジルが言うんだから間違いねえよ!!」
「あ、いや、疑っているわけではなくて。……信じきれていないのも嘘ではないですが」
「聞こえたからね? 信じきれてないのも嘘じゃないって、聞こえたからね?」
あ、バレてら。
いやそんなことより。まさか、二人も前に知っていたなんて。
「実は、私たちもルーナ様とエルザ様が二人で話していたのを聞いていたのですが、その、流石に言い出せず」
「え、ルイス嬢たちも? じゃあ俺たちは、あの話される前から知ってたわけ?」
「……そういうことに、なるな」
ジル殿下が、はあっとため息をついた。緊張の糸が解けた、みたいな。
「これで満足か、マリー嬢」
「……ええ。ありがとうございます、殿下。思わぬ所で、発見がありました」
私が礼をすると、少し安心したように殿下はまた息を吐いた。
「……わだかまりも、前よりは無くなっただろう。では、夏期休暇の間は王城に自由に出入りするといい。まあ、夏期休暇が終わっても、出入りは構わないが。訓練したい時は声をかけるから、何か必要なことがあれば二人も遠慮なく言うといい」
「はい。心より感謝申し上げます」
ジル殿下がそう言い終わると、フリードリヒ殿下は安心して力が抜けてしまったのだろうか。大きくため息をついて、へなへなと机に突っ伏してしまった。
その様子に私はちょっとびっくりしたけれど、ジル殿下とルイス様は何も気にしていなかった。
「いやあ良かった~。断られたら絶望だったよ」
「その時は嫌でも引っ張ってくるがな」
「……え」
「冗談だ」
殿下は無表情だった。それが余計に恐怖を促進させる。冗談に聞こえないです、殿下。
私は戸惑っていたけれど、フリード殿下もルイス様も、何事もなかったかのようにしている。え、まさか二人はジル殿下のこんな冗談に慣れているの……?
「油断も出来ないし、そんなにゆっくりも出来ないが、俺たちがお互いを知り、親睦を深めるぐらいの猶予はある。この四人で協力し合おう。……これで最後の転生にする為に」
ジル殿下がそう言うと、躊躇無くフリードリヒ殿下とルイス様は頷いた。
私も勿論、頷いた。
……これから、何が起こるか、まだ分からない。
でも、必ずやり遂げてみせる。
皆の為に、そして、
いつか、未来で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます