第1章番外編
ミリアス、昼下がりのお茶会。
「……こんなものかしら」
作業をおおかた終わらせたところで、辺りを見回す。水を与えられた植物達は、太陽の光によって輝き、誰もが生き生きと空を見ている。
植物の世話。私はそれを誰よりも好んでいるし、誰よりも長けている。そして、植物に囲まれてお茶をするのも……。
「……今日は何の茶葉にしよう」
片付けをしながら今日のティーセットを考えていると、ふと後ろに気配を感じた。
緊張しながら振り向いて───その姿を見て、何だか少し安心した。
「……ミリィ……ここにいた……のね」
「ええ。そうだ、これからお茶するんだけど、レイスもどう?」
「……良いわね……そうする。お菓子……持ってくるね」
「ええ、よろしく」
レイスは、ここの植物に負けないぐらい鮮やかな緑色の髪を揺らして、部屋をそっと出た。
レイス・リア・アンダラス。私の双子の姉。
いつもより、元気なのだろうか。それとも、研究の結果が出たのだろうか。普段よりも顔は明るく、目は輝いていた。
どうせなら、幸福作用のある茶葉にしましょう。
「……何か良いことでもあったの?」
「……分かる? ……今日ね、前から欲しかった本が……手に入ったの」
「へえ、良かったわね。何の本?」
「……小説よ」
「小説?」
私は驚いて、顔を上げた。
レイスは、滅多に小説を読まない。というか、あまり好きではない印象があった。いつも学術書や毒に関しての本ばかり読んでいたし、ああいう想像の話は、好んでいなかったから。
「珍しいわね。どんな本? 実話? それとも、推理小説?」
「……ええと」
少し顔を俯かせる。詮索し過ぎただろうか。
「ごめん、嫌だったら答えなくても……」
「……物」
「……ごめん、もう一度」
すると、顔を背けて、蚊の鳴くような声で
「……恋愛……物……」
と言った。
一瞬世界が止まったような気がした。
「えええええっ!? れ、恋愛っ……ちょっとレイス、あんたそういうものに一切合切興味なかったじゃない!」
「そ、そう……だけど……! ルナ様のお部屋、に遊びにいったら、たまたま、見つけてっ……本当に、たまたま、興味本位、だったの! そしっ、そしたらっ……」
そこまで言って、顔を覆う。けど、指の間から、顔が赤いことが分かる。
───その瞬間、辺りに甘い香りが漂った。
私はうっかり息を大きく吸い込んでしまい、咳き込んでしまった。
「……っ、ごほっ……」
「あっ……ミリィ! ごめん、なさい……!」
レイスはそう言って、窓を大きく開けた。
外の新鮮な空気が入ってきて、体が浄化されたような気がした。
「ごめん、ごめんなさい……ミリィ……大丈夫?」
「大丈夫、そんなに吸った訳じゃないから」
見上げるとレイスが心配そうな目をしている。
でもそんなことは今は良い。それよりも気になることがある……っ。
「そんなことより、私はレイスが恋愛物に興味を持ち出したことの方が気になるわ」
また、さっと顔を赤らめる。目をそらし、子供のように「だって……」と続けた。
「……私に、声をかけてくれるような方は……いないし……こんな体質、だから……学校に行けてないし……婚約者様もいないし……何より……可愛げがないもの……。だから、恋愛なんて、一度も、したこと……ない……そりゃあ、憧れては、いるけど……」
恥ずかしそうな、でもそれ以上に、悲しそうな目をして言った。私は、自分の軽率な発言を悔やんだ。
レイスは毒属性の保持者。【
【
一番危険視されているのは、【
感情が高ぶると、辺りに毒が漂う。今みたいに、恥ずかしがったり、あるいは喜んだり、そういったものだったら、多少咳き込んだり、頭がふわふわしたりするだけで済む。
けれど、負の感情……特に、怒りなんかがある一定まで達すると、致死率の高い毒を辺りに漂わせてしまう。本人の意思関係なく。
薬である程度押さえることは出来るけれど……完全には押さえきれない。やはり、薬よりも魔法が上回ってしまう。
私は今、レイスの症状を完全に押さえることの出来る薬を作ろうとしている。
でも、良い植物が無い。あと少し、あともう少しなのに……。
悔しさに唇を噛みしめる。二人の間で沈黙が走った。
レイスが何かを言おうとしたのか、口を開いた、その時、ドアが控えめにノックされた。
「どうぞ」
私がそう言うと、ゆっくりと扉が開かれ───そこには、紫苑の髪を持った四番目の兄が立っていた。
「ご歓談中にすみません。ミリィ、レイスを見かけませんでしたか……って」
レイスがいることを確認すると、彼は驚いたような顔を見せた。
「あれ、レイス? どうしてここにいるんです?」
「……さ、さっきまで……ミリィと、お茶、してた……の」
「そうだったんですね。どうりでどこを探してもいないわけです」
ウィリアムは、
何気に人気で、人当たりの良い笑顔で、穏やかなのはウィスと一緒だけど。ウィスは外面は良くて中身は最悪。ウィルは普通に善人だから、私はウィルが好き。
「で……な、なにか用なの……?」
「ああ、そうなんです。以前話した魔物への毒兵器についての話をしたかったのですが……今日中に出来れば大丈夫ですから、ご歓談を優先していただいて構いません」
「……でも、仕事、なんじゃないの」
「これは私の都合ですから。たまには妹二人でゆっくりしてください」
彼がそう言うと、レイスは毒気を抜かれたような、心底意外だと言わんばかりの顔をした。
「では、私はこれで失礼しますね。お邪魔しました」
そう言って、ウィルは静かに扉を閉めた。
「……はあ。なんかやっぱり、ウィルが一番まともよね。うざったくないし、不器用じゃないし、ウィスみたいな腐った性根じゃないし」
「……そう……だね」
レイスと顔を見合わせて苦笑する。
天井から差し込む太陽の光は、紅茶をきらきらと輝かせていた。
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