第1章 始まる最終章

第1話 (今世は)公爵令嬢の私が、肉を立ち食いしてちゃ駄目ですか

「あっははははは!!! 愉快! 爽快!! 討伐万歳!!!」


 彼女が繰り出した剣の斬撃と共に、魔物の血が、薔薇の花弁のように飛び散る。それと呼応するように、腰まで届いた黒に近い灰色の髪が揺れた。

 

 石畳の地面には、鮮紅と暗赤の血が入り混じりながら模様が描かれ、無惨に殺された魔物たちが永眠の寝床としている。


 ふと魔物の死体を見ると、赤や白の、恐らく臓物の一部だったであろう紐のような、管のようなものが色々飛び出ているのが視界に入った。思わず目を逸らす。いくらと言えど、この光景はあまり好きじゃない、好きじゃないが。


 猟奇的で、吐き気を催すそれに、思わず口を抑えてしまいたくなるけど。


 彼女の目は爛々としていて、僅か、いやかなりの狂気を秘めているけれど。


 魔物を斬り殺していく姿は女神のように美しく、薔薇の花弁魔物の血は、彼女の得も言われぬ神々しさをより際立たせた。




 (あーあ、また派手にやってるなあ)


 なんて思いながら、彼女マリーちゃんを見つめる。ああやって叫んでるの、多分無意識なんだろうなあ、って思いながら。


 私がこの街全体に幻惑の魔法をかけたから、街の人からは、マリーちゃんは穏やかな光魔法で討伐してるように見えてるから良いんだけど。


 それにしても、もうちょっと抑えた方が良いんじゃないかなあ、なんて、呆れながら。


 その実、彼女の狂気を秘めた美しさをまだ見ていたいと思ってしまうのだから、私もどこか、狂ってしまっているのだろう。







        アガペーの約束







「ちょっと、一国の王女がミートパイ貪ってんじゃないわよ」


「そっちこそ、公爵令嬢が肉立ち食いしてんじゃないわよ」


「はあー? やるっての? このマリー様とやるっての?」


「上等よ。あんたなんか極刑に処してやるわ」


 私たちのバチバチの様子を見て、ルーナが「やめて……やめて……」と言う。安心して、猫のじゃれあいみたいなものだから。


 アンダラス王国、城下町。この国の王女様(権力者というステータス付き) VS 公爵令嬢(莫大な魔力というステータス付き)の戦いが今、幕を開ける───


「お嬢さんたち。仲良いのはいいんだが、もうちょっと向こうでやってくれんかね。お客さんが遠ざかってるんだわ」


「あ……ごめんなさい」


 ────幕を開けるつもりだったけれど、お店の店主さんに注意されてしまったので、私たちはすごすごと引き下がった。あの、本当にごめんなさい……久々のお忍びなもので……ついテンションが……。






 雲一つない青空の下。石造りの建物が建ち並ぶ城下街の中。たくさんの人で街は賑わっていた。街の西側にはそれなりに立派な教会が見え、北側にはこの国の王家が住まうアンダラス城が見える。


 誰かが落とした食べ物の残り滓を鳥が啄んでいるのを通り過ぎ、人気の少ない街角で立ち止まる。串に刺さった肉は、焦げ目がつき、油でてらてらと艶めき、塩と胡椒のシンプルかつ香ばしい匂いで、未だ私の食欲をそそっていた。


 さあいざ齧り付かん! とした所で横から声がかかる。


「ちょっと。あんたってば人に迷惑かけてどうすんのよ。あと転生繰り返してるんだから、精神年齢もはやおばあちゃんでしょ? 私に喧嘩ふっかけないでよ、大人気ない」


 ふとそちらに顔を向けると、黄緑の瞳を持った猫目が、じと〜っと私を見つめていた。


 彼女は、この国の第二王女、ミリアス・シャルル・アンダラス。腰まで伸び、ウェーブがかった銀髪に、草原を思わせるような、鮮やかな黄緑色の猫目。今でこそ口の端にミートパイの滓が付いてるけど、どこか幼さを残しつつ、気品さを感じさせるその顔は、王女が故だろう。


 ……王女様にしては、口が悪いし人を選ぶような性格をしてるけど。さっきのミリィの発言に、思わずムッとして言い返す。


「いやいやいや、それとこれとは話が別でしょ。あと私、毎回早死にしてるから。精神年齢上がる前に死んでるから、そんなに高くないの」


「その絶妙に反論しづらい答えはなに?」


 そう言った後、呆れたような顔でミリィ王女様はミートパイを頬張った。あっ、いつの間に。


「だってしょうがないじゃない。気づいたら毎回魔物とかの相手してるんだもの。よぼよぼのおばあちゃんになる前に戦死してるもの。一個前のときもそうだったもの」


 何とも言えない顔をしたミリィとルーナを尻目に、私はお肉に齧り付いた。うーん、天界天国の味……。


 ────マリー・フェール。これはの私の名前。黒に近い灰色の髪に、深紅の瞳。正直今世は、なかなかの美少女に生まれることができた。よっしゃですわ。


 さて、何故かは分からないけれど、実は私は幾度も転生を繰り返している。ちなみに前世の記憶付き。


 私は毎回まるで違う人生を送っているけれど、「魔法を使えること」と「前世の能力ステータスを引き継げること」だけは毎度同じ。


 そして、その力を使って人助けしているうちにいつの間にか死んでいることも……ああ悲惨。ちなみに前世もそうでした。


「……エルザちゃん、早く帰ってきて……」


「ちょっとルーナ、失礼じゃない? いくらマリーがこんなじゃじゃ馬だからって、流石にその言い方は……」


「ミリィ、後で覚えておいてね。あと人のこと言えないからね。……で、エルザはどこ行ったのかしら」


「二人が屋台に夢中になってるだろうから、その間、あそこのアクセサリー屋さん行ってるねって……でも私にはこの二人の喧嘩は止められないよ……」


 しょぼ、としながらルーナが項垂れる。あああごめんルーナ! お肉を食べるのを放っぽり出してルーナのフォローに回る。


「可愛いルーナ、別に私たちは喧嘩してないよ? 猫のじゃれあいよ、じゃれあい」


 私がそう言うと、ルーナは少し、ほっとしたような顔をした。うーん、可愛い。


 彼女は私の幼馴染の、ルーナ・ファンタズマ。濃い紫の瞳を持った、垂れ目気味の目に、風に靡く薄紫のふわふわとした柔らかな髪。360度、どっから見ても「美少女」。声も顔も性格も話し方も何もかもが可愛い……っ! 


 まあ、たまに、怖いぐらい飄々と、息を吐くように嘘をつく時があるけど。それも引っくるめて、可愛い。まさに私の天使。


「まあでも、そろそろエルザも待ちくたびれてるだろうし、ミリィが食べ終わったら迎えに行こうか」


 私が提案すると、ミリィはちょっと急ぎ目にパイをサクサク食べ出した。ご飯をがっついてる猫みたいで可愛い。本当、黙ってれば美人なのに、なんでこんなじゃじゃ馬に……。


 そんな感じでミリィが食べ終わるのを待ちながら、ルーナとのんびり会話していた。あ、あのお店の日記、前世買ったやつによく似てる……なんて思いながら。


「マリーちゃん、お肉ひとかけら残ってるけど、それわざと?」


「あ、わざとじゃない。食べ忘れてた」


 ルーナに指摘されて、慌てて食べようとする。串を顔の前に持ち上げて───その串は、私の顔を横切った何かに奪われてしまった。


「……え」


 え? 鳥? こんな真横通り過ぎることある……じゃなくて!


「ちょっ、あの鳥ふざけないでよ! 許せない……丸焼きにしてやる……っ!」


「マリーちゃん待って待って待って」


 ルーナが慌てて制止する。まあそもそも私、炎属性の魔法使えないし、こんな市街地で訳もなく魔法使ったら赤龍団駐屯兵に連行される。そうなると私の家に大変迷惑がかかるから、もちろん魔法なんて使わないけど。


 だから「冗談よ〜」って笑って誤魔化すと、ルーナは一瞬ぽかんとした。


「……いや、それは知ってるよ! そうじゃなくて!」


「え、違うの?」


「違うよ! 私が言いたかったのは、あれ魔物だよって話!!」


「え??」


 ルーナに言われて鳥を見る。───よく見ると、そいつは確かに禍々しいオーラを出した鳥型の魔物だった。キイキイと煩わしい鳴き声を出しながら、上空を飛び回っている。


 え、なんで、と思った矢先、街の奥から悲鳴が聞こえる。一目散に逃げ惑う人々が目の前を通り過ぎていった。見ると、鳥型の魔物だけでなく、狼、兎、猫、犬、その他諸々の造形をした魔物たちが街の中に一気に入ってくるのが視界に入る。


「ああ……これはひどい」


「これはひどい、ってあんた冷静すぎでしょ!!」


「いやいやいや、そんな私に言われても。一体、どれだけの魔物を前世で討伐したと思ってるの? これぐらいじゃ驚かな……えっなんか量多くない?」


「どっちなのよ!!!」


 そう言って、ミリィが慌てて転移石を使って弓矢を準備する。っていやいや、一国の王女に戦わせる馬鹿がどこにいるのよ。


「ルーナ、ミリィと一緒にエルザを迎えに行って。エルザならある程度の魔物を支配できるから。兵団の人が来るまで時間はかかるだろうし、それまで私が魔物の進行を食い止める」


 幸い、目の前にいる魔物は全部下級魔物───いわゆる第一級魔物と呼ばれている奴らだし。これぐらいなら前世で、何なら今世でも訓練などで討伐したことがある。


 私は、前世から引き継いだ強大な魔力と剣術で、今世も魔物を打ち倒している。と言っても、兵団とかに入ってるわけではなく、学校の授業とか、家で雇ってる講師の先生との訓練とかで魔物を倒してるだけだけど。


 今世は公爵令嬢だから、あまり好き勝手出来ないけれど───兵団が来るのには時間はかかる。対処できる力を持っているのに、何もせずに突っ立っているわけにはいかない。


 前世ではバッサバッサ魔物を斬り倒したし、その感覚は訓練のおかげで今世も残っている。


 それを知っているからなのか、ルーナは特に心配することなく頷いた。


「分かった。でも、無茶はしないでね」


「分かってる分かってる」


 私がそう言ってルーナに背を向けると、逃げ惑う人々の足音に二人の足音がかき消されていった。目の前を魔物たちが横切る直前、私は飛び出して魔物たちの前に立ち塞がる。突然現れた人間に、彼らは足を止めた。


「……さあて。あなたたち、一体どこから来たのかしら。山? 海? それとも空?」


 転移石で呼び出した剣を構えて、彼らに問うた。


 まあどこから来てても変わらない。なぜなら───


「今から私の手で、地獄に行くことになるんだから……っ!!」

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