第23話 運命は動き出している
「……こそ……かしら」
「うん…………だと思う」
…………あれ?
この声、は……。
「……あ! エルザちゃん! マリっ……マリーちゃん起きたよ!」
「マリー? 大丈夫?」
「うーん……た、多分?」
私が起き上がると、心配そうにルーナとエルザが私を見つめた。
その心配そうな顔に、悲しくないのに涙が出そうになってしまった。
「ええと、私、なんでここに……」
「さっきの遺跡探検の時、急に倒れたのよ」
「え!?」
「マリーちゃん、覚えてない……?」
私の手をそっと握りながら、ルーナは尋ねた。
正直、覚えているような、覚えていないような……記憶が曖昧だ。
でも、そう言われると、なんとなく記憶が戻ってきたような気がする。
確か、自由行動になった後、壁画を見に行って、それから……。
「……っ!!」
「マリーちゃん!?」
また襲ってきた頭痛に頭を抱えると、ルーナが悲痛な声をあげた。
「マリーちゃん、大丈夫?」
「う、うん……ごめん、ちょっと横になる」
そうして横になろうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
「誰?」
「……そんな警戒しなくても良いでしょ、エルザ。私よ」
「ああ、ミリィ……」
エルザがドアを開けると、銀髪の豊かな髪が見えた。
「あら、マリー。起きたのね。ちょうど良かったわ、宿の人に頼んでお茶を淹れてきたから」
「ありがとう、ミリィ……横に置いておいて」
私がそう言うと、ベッドの横の小机にそっとカップを置いた。
「……体調は?」
「頭は痛いけど、まあ」
そう、と素っ気なく返事をしながら、ルーナとエルザにもカップを差し出した。
「ありがとう、ミリアスちゃん。……え、この茶葉、わざわざ王城から持ってきたの?」
「そうだけど?」
「……本当、紅茶好きね。ありがとう、ミリィ」
ルーナ達は少し驚きながら、でも落ち着いたような雰囲気で紅茶を口に含んだ。
「……ララ様達に聞いてきたけど。多分、あそこの魔力が、そもそもマリーに合わなかったんじゃないかって。もしくはただの疲労」
「そう、なのかな」
「まあ、あくまで推測だから」
ミリィはそう言って、紅茶を一口飲んで
「しばらくは休んでいることね」
と、また素っ気なく言った。
「そうだね……皆にも迷惑かけちゃったし」
「……別に。体調不良は仕方無いわよ」
「心配なら心配って、素直に言えばいいのに……」
「うるさいわよルーナ」
呆れたような物言いのルーナに、心底不機嫌そうにミリィは答えた。……ミリィの耳、赤いな……。
紅茶を一口飲む。リラックス効果があるのか、飲んだ瞬間、少し落ち着いたような気がした。もちろん、ただの紅茶だから、即効性があるわけじゃない。恐らく思い込みだろう。
それでも、ミリィ達の優しさも相まって、心も落ち着いた。
ありがとう、と言おうとした矢先、またもドアをノックする音が聞こえた。
「……誰?」
「あっ、あの……は、入ってもよろしいでしょうか……!!」
……あれ。この声、どこかで聞き覚えが……。
「……あの、だから誰?」
「ご、ごめんなさい……!!」
「ネロ、少し落ち着け……」
「……お休み中の所、申し訳ありません。先日ご迷惑おかけしました、ジャンとサリーとネロです。ミリアス王女殿下を探しに来たのですが、いらっしゃいますか?」
私達は顔を見合わせた。探されている当の本人も、何だか困った顔をしている。
「ええと、とりあえず開けてあげて、エルザ」
「……マリーが良いなら」
エルザがドアを開けると、今にも泣きそうなネロ君と、ちょっと困った顔をしたジャン君と、呆れたような雰囲気を醸し出しているサリーちゃんがいた。それぞれ性格は違うけど、見えない何かで繋がっているような、心地よいものを感じる。
「あ、ミリアス様……!」
「……なにか用?」
「ミリィ、もうちょっと愛想よく出来ない?」
私がそう言うと、ちょっと嫌そうに睨んできた。そんなに嫌がらなくても……。
「ミリアス王女殿下を探している人がいたので、呼びに来ました。ここならいるかなと」
「……私を? 誰が?」
そうミリィが尋ねると、3人はちょっと困ったように顔を見合わせた。
「えっと、名前が分かんなくて……」
「どんな見た目?」
「見た目……見た目は」
ジャン君が考え込んでいると、ネロ君が
「す、すごくかっこよかったよね……!」
と、目を輝かせて言った。
「……多分、王女殿下が聞いてるのはそういうことじゃないと思うぞ」
「え……」
そんな2人を尻目に、サリーちゃんは仕方ないと言わんばかりに話した。
「多分、服的には赤龍団の方です。男性で、髪も目も赤くて、すごく背の高い方でした。あ、あと、髪もすごく長かったです。多分、腰ぐらいまであるかと」
「……それって」
ミリィをちらっと見て……止めた。こんな顔をするのは分かりきっていたことだ。
「あれ、王女殿下、めっちゃ顔赤い……もがっ」
「ジャン、余計な事は言わなくて良いから」
サリーちゃんは察してくれたのか、ジャン君を制してくれた。ありがとう、サリーちゃん。
「えーっと、ミリアスちゃん、1人で行ける……?」
「……ば、馬鹿にしてるの……? ひ、ひと、1人で……」
「あーうん、2人とも、ミリィについていってあげて」
あからさまに動揺しているミリィを見てると、すごく不安。とても不安だ。
私が頼むと、まあ当然、といったような顔で2人は頷いた。
◆◇◆◇
「ミリアス様、お久しぶりでございます。ミリアス様と会えなくて、私は寂しゅうございました」
「ひ、久しぶりね、レノ。私はそんなに寂しくなかったけど。物足りない感じはしたけどね。ほんのちょっとだけね」
耳を真っ赤にし、そわそわしながらミリィは答えた。……本当、分かりやすいわね。
「ミリアスちゃん、お兄様にべた惚れだねえ」
「本当ね。……ルーナ、貴女は自分の兄と友人があんなに……こう……あんな感じで気まずく無いの?」
「あはは、気まずく無いよ。そもそもそんな気にしてないし」
そうして彼女は、朗らかな笑顔で
「お兄様だって、所詮他人だし」
と言い放った。
……この言葉だけだと、彼女がいかに人間関係に興味が無いのか、と思われてしまうのだろう。
でも、しょうがないことなのだ。少なくとも、私達にとっては。
自分の肉親でさえも、他人のように思えてしまうぐらい、────を繰り返している。
まあ、彼女の場合は、そうでなくてもあまり家族に興味が無いように思えるけれど……。
「ああ、ルーナとエルザ嬢も来てくれたんだね、ありがとう。3人とも元気そうで何より……あれ、マリー嬢は?」
「マリーちゃんはちょっと体調不良で……」
「大丈夫なのかい?」
「今はちょっと回復したよ」
「そうか、良かった」
彼は穏やかそうな顔で微笑むと、少し困ったような顔をしてまた話し始めた。
「今日は、緊急案件で参りました」
「……わ、私を呼びに来たのよね。どうしたの?」
「はい、実は……」
そう言うと、彼は少し悲しそうな顔をした。
「ミリアス王女殿下。国王陛下から、至急、王城にお戻りになるよう、お言葉を賜って参りました。つきましては、宿泊体験を中断して、私と王城へお戻りください」
ぴしり、と場の雰囲気が固まった。
「なん、で……」
「あまり大声では言えませんが……」
彼はそう言うと、ぽそぽそと小さな声で話し始めた。
「実は、王城で、レイス王女殿下が何者かに襲われました」
「……え」
ミリィは一瞬動揺した顔をして、直後、ひどく焦った顔でレノックス様に詰め寄った。
「レイスは!? レイスは無事なの!?」
「ミリアスちゃん、落ち着いて!」
「落ち着く? 落ち着いてなんていられる!? だって、レイスが、レイスが……」
「ミリアス王女殿下、大丈夫です。レイス王女殿下はご無事です」
「あ……」
彼女は安心したような顔をした後、その場にへたりこんでしまった。
「ミリィ、大丈夫?」
「え、ええ……」
私が手を差し出すと、ぎゅ、と握り返してきた。
そのままミリィを引き上げると、力無く私にもたれ掛かってきた。
「……レイス王女殿下はご無事ですが、犯人は逃亡しました。犯人の動機が分からない以上、ミリアス王女殿下の身の安全を守るためにも、王城に居ていただきたいのです。……どうか、お願い出来ますでしょうか」
ミリィは、ぎゅっと唇を噛んだ。悔しそうな、悲しそうな、そんな表情をして。
「……戻るわ。これ以上厄介事が増えても困るでしょう」
「ミリアスちゃん……」
「2人とも、私の代わりに色々経験してきて。そして、私の代わりにマリーを守って。……まあ、2人なら大丈夫だと思うけど」
そう言うと、私からするりと猫の様に離れて、レノックス様に近づいた。
まだふらついているミリィの手をレノックス様が取っても、彼女はぴくりとも表情を動かさなかった。
────まるで、全ての感情を抑えているかのように。
◆◇◆◇
「ねえ、エルザちゃん」
聞こえてきた声は、彼女にしては珍しく重々しかった。
「なに、ルーナ」
「……やっぱり、今度こそだよ」
「……」
彼女は何かを悟ったように、ふわりと微笑んだ。
「今度こそ、私達の────は終わりを迎えられる。だって今、全てが上手くいっている」
ルーナの顔は、だんだん彼女の抑えていた感情を表し始めていた。
「だって、今まで遺跡に行くことは無かったし、マリーちゃん達と、私達2人が……ううん、5人全員が会えることも無かった。そして他の3人も。まだ会話は少ないけれど、これからきっと多くなる。それに、最近魔物の動きが活発化しているのも、きっと、あの憎き───が復活する前兆。復活したら、今度こそ私達で打ち倒してみせる。そしたら、そしたらさぁ……」
詰まることなく喋り続けたルーナは、恍惚を湛えた微笑みを浮かべて、
「四大神様達は復活して、私達の幸せが戻る。そうでしょ?」
と言った。
その表情はまるで、かつての──────のようだった。
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