第4話【神様候補、大切な人の扱い方を学ぶ】

 あれから数日間に僕はもう何人かの親切な人に話を聞くことが出来ていた。


(だいぶ情報が集まってきたからこれならなんとかなるかもしれない)


 そう僕が考えていると頭の中に語りかける声が聞こえてきた。


「あのっ、先日妹を助けてもらった者ですけど。聞こえてますか?」


「ええ、聞こえてますよ。妹さんのほうは大丈夫だったようですね」


「はい。本当にありがとうございました。それで、お礼をしたいのですけどどこに行けば会えるのでしょうか?」


「そうですね。先日行った喫茶店にしましょうか、あそこならば話もしやすいでしょうし」


「わかりました。今から30分ほどで行けると思いますので宜しくお願いします」


 彼女はそう伝えると通信を切った。


「おやおや、間に合ってよかったですね。これで試験が始められます」


 僕はそうつぶやくと指定の喫茶店へ向かった。


 ◇◇◇


「すみません、もしかしてかなり待ちましたか?」


「いえいえ、僕もついいましがた着いたばかりですよ」


 急いできたらしく彼女の額にはうっすら汗がにじんでいた。


「冷えると風邪をひきますよ。これで汗を拭いて中に入りましょうか」


 僕がハンドタオルを手渡すと彼女は顔を真っ赤にしながら「ありがとうございます」と慌てて汗を拭った。


「あれから妹はお医者さまもびっくりするほどの回復で明日の検査で問題なければ退院できるみたいなんです」


「それは良かった。これで僕も安心できます」


「それで、お礼なんですけど」


 ちょうど運ばれてきた紅茶を両手で抱えるようにちびりと口をつけてから彼女が答える。


「たしか、あなたの試験につきあうという条件でしたよね? あの、それって具体的にはどうすればいいのですか?」


 詳しい話を聞かずに引き受けたことに後悔したのか彼女は紅茶のカップに視線を落としたままそう問いかける。


「ああ、僕の試験の内容ですか? この世界でひとりの人間を幸せにすること、つまりその試験につきあってくれることが必要なのですよ」


「私を幸せに? すでにじゅうぶんな幸せを頂いていると思うのですがそれじゃあ駄目なんでしょうか?」


「そうですね。実はまだ試験自体が始まっていないのです。あなたという試験のパートナーを認定してあなたの了承を得てからはじめて試験が始まるのです」


「そうなんですね。でも、もう私はじゅうぶん幸せなのですけどこれ以上となるとどうすれば良いのでしょうか?」


「それは僕にもわかりませんが先日あなたにお会いしてから僕なりに幸せとは何かを勉強してきましたのでそれをあなたに体験してもらいたいと思います。では、いまから僕の修了試験を始めさせてもらいますね」


「は、はい。よろしくおねがいします」


 ◇◇◇


「――では、まずあなたを下の名前で呼ばせてもらいたいのですが教えてもらえますか?」


「わ、私ったら今まで名前さえ言ってませんでしたね。ごめんなさい。私の名前は野曽未のそみ カナといいます」


「カナさんですね。これからよろしくカナさん」


 僕はそういって彼女に笑いかけた。


「――では、まず僕の勉強した幸せのつかみ方を実践したいと思いますのでついてきてもらえますか?」


「は、はい」


 僕は喫茶店の払いをすませるとカナを連れてマルナナのビルへと向かった。


「さあ、どうぞ。なんでも欲しいものを言ってください。服でもカバンでもなんなら宝石でもいいですよ」


 そう言う僕のことばにカナは驚いて「いえ、いらないですよ。そんな高いものもらう理由がありませんから」と手を顔の前で振りながら断った。


(おかしいですね。今までの人は皆さん喜んでくれたのですけどカナさんはちょっと幸せの感覚が違うのでしょうか?)


「おや、ここにはお気に召すものが無かったですか。では車を買ってドライブにでも行きましょうか。それともマンションでも見に行きますか?」


「け、結構です。特にいまは欲しいものはありませんからそんなにお金を使うことばかり言わないでください」


 カナは慌てた表情でそう言ってからうつむいて黙り込んでしまう。


(なにがいけないんだ? どうしてこの女性には今まで上手くいっていたことが通用しないんだ?)


 だんだんと暗くなっていく彼女の表情に僕の胸が苦しくなっていく。


「ごめんなさい。せっかくあなたがいろいろと気を使ってくれているのに私がそれに応えられなくて……」


 いまにも泣きそうになっている彼女に僕はどうしたらいいかと自問自答をくり返す。


(――ひとの幸せの基準はみんな違うんだと思います)


 ふと僕の脳裏にそんな言葉が浮び上がる。


「そうか、そういうことだったのか……」


 ある結論に達した僕は突然カナの手を握ると「ついてきて」と言って走り出した。


「――ここは?」


 そこは海の見渡せる公園の一角であたりでは子供たちの無邪気に笑いながら遊ぶ姿が見受けられた。


「はあ、はあ。ちょっと走りすぎですよ。私、運動はからっきしなんですからそんなに走ったら心臓がとまっちゃいますから」


 カナは僕に引っ張られるかたちで走ったため息をきらして文句を言ってくる。


「ごめんね、君にこの景色を早く見せたくなってしまって。お姫様抱っこで抱えて走ったほうが良かったかな?」


「無理! そんなことされたら恥ずかしすぎて途中で死んでしまうこと間違いないわ」


 僕の言葉にすぐさま切り返してツッコミをいれるカナの表情はさっきと比べものにならないくらいに明るくなっていた。


「気分はどう?」


「吐きそうなくらい最悪ね。でも……ありがとう」


「僕は神様候補なんだよ。この世界じゃないところの人びとを幸せに導く役目を担う責任がある。だからそのために人の感情、特に幸せについて学ぶ必要があった。最初はそんな簡単なことを試験されるのは心外だと思っていたけど、それなりの人と話してそれだけで分かった気になっていただけだと今日カナと過ごして思いしらされたんだ」


「ごめんなさい。私って地味で自分の気持ちを表に出すのが怖くて疑い深くて人の好意に対して臆病で、それで……それで……」


「ああ、さすがに鈍感な僕でも分かったよ。君を幸せにする方法が……」


 僕はそう言って彼女の手を握り優しくささやいた。


「カナが嫌じゃなければ君がこの世を去るその日まで僕が側に居ることを許して欲しい。

 君がこの世を去るときに幸せだったと言ってもらえたらその時が僕の神様としての適正試験は合格となるだろう」


「そんな言葉は反則ですよ。

 それで断ったら私、あなたに返せるものがなくなっちゃいますからね。いいですよ、私のすべてであなたの試験、必ず合格させてあげますのでこれからよろしくお願いします」


 カナは僕の胸に顔をうずめてそう誓ってくれた。


「そうと決まればまずは美味しいものを食べに行こうか。甘いスイーツなんかいいかもしれないね」


 こうして僕はカナの人生に寄り添うかたちで幸せの体験をさせてもらうことになった。

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