愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜

I.Y

本編

第1話 王となりて

タイトルは意外と明るめ?ですが、内容は全体的にシリアス多めです。タグや紹介文(必読部分含め)を必ず読んだ上で、本文もお付き合いください。


※人が亡くなるシーン、流血表現、身体的ダメージなどの表現がございます。苦手な方はどうかご自衛ください。

※R18(性描写)に該当する直接的な表現は現時点ではありませんが、一部匂わせる表現があります。いずれそのような表現を使う場合には〝性描写有り〟をタグ付けさせていただきます。





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 天窓から射し込んだ朝日が玉座を照らす。真冬の空気が澄んでいる。王座の間には、冷々れいれいとした風が吹いていた。

 鮮血のような紅さを誇る絨毯じゅうたん。否、ようなではない。まぎれもなく、それは鮮血だ。高貴なる赤に染み込む血は、これまた高貴なる人間のものであった。玉座に続く階段の前、絶命している者がふたり、まだ息のある者がひとり。彼らからは、おびただしい血が流れ出ていた。

 今にも息絶えようとするひとりを見つめていたのは、鮮美透涼せんびとうりょうな女性。白銀色に染まる長くつややかな髪。髪色と同色の睫毛まつげがふわりと上がり、目下に影を落とす。オパールグリーンの澄んだ瞳は、オアシスのようであった。小さく高い鼻の下には、形の整った唇。うるおいはなくなってしまっているが、十二分に魅惑的みわくてきだ。彼女は、夜空色のエンパイアラインのドレスをまとっている。肩から腕元にかけて布に包まれているが、今にもこぼれ落ちそうな豊満な胸元は大きく露出ろしゅつしていた。夜空をめぐる流星群の如く、腰から流れ落ちる白銀のレースのオーバースカートが上品だ。首や耳元で輝きを放つ装飾品が美しい。額には宝石がちりばめられたヘッドドレスをつけていた。まるで、神話に出てくる女神にも負けぬ美麗びれいさだ。数々の神々をとりこにして、狂わせて神界を制覇せいはする美の女神である。

 一度見た者の目を惹きつけて離さない不思議な魅力みりょくを持つ美しい女性の名は、アリアリーナ・コルデリア・リゼス・ツィンクラウン。世界でも有数の大国、ツィンクラウン帝国第四皇女。年齢は、24歳。帝国民から酷く嫌われている皇女である。その理由は、ふたつ存在する。ひとつ目は、皇帝と皇后の実子ではなく、皇帝と愛人の間に生まれた婚外子であること。ふたつ目は、愛にえたみ子であるがゆえ傲慢ごうまんな性格であることだ。

 そんな嫌われ者の彼女がなぜ、死を待つばかりの人間を見つめているのか。そう、鑑賞かんしょうしているのである。ひとつの生命が、終わりを告げるその瞬間を――。


「ようやく、解放されるのね」


 アリアリーナは天井をあおぐ。広いようで、閉鎖的へいさてきな空間。ここに、彼女の逃げ場はなかった。生命の終焉しゅうえんの鑑賞に飽きたのか、その場を離れる。玉座に続く段差に左足をかけ、ゆっくりと階段を上る。ひとつ、ひとつを強く踏みしめた。途中、落ちていた王冠を拾う。階段を上りきり、ツィンクラウン皇帝のみが座ることを許された巨大な玉座に、腰を下ろした。自ら、頭上に皇帝の象徴である王冠を乗せる。そして緩慢かんまんに、目を開いた。そこから見る光景は、まさしく、全てを凌駕りょうがし、壊し尽くした成れの果てであった。


(あぁ、こんなものなのね)


 アリアリーナが肩を落とすと同時に、ひとつの生命が終わりを告げる。

 仕方のないことだったのだ。そう、仕方のないことだった。


『皇族を殺せ。緑の瞳を持つ子は一族の怨念おんねんを果たす。さもなければ一族は滅びる』


 呪いのため、自分のため、生き残るため。アリアリーナは皇族を殺したのだ。

 彼女の母親の家系は、今は忘れられた呪術師じゅじゅつしの一族である。かつて、皇族と関わりのあった一族は、とある悲劇的ひげきてきな事件をさかいに皇族に対して、並々ならぬ怨念を抱いていた。一族の人間がまだ見ぬ末裔まつえいにかけた呪い。その1500年後、呪いを身に受けたのが不運にも、アリアリーナであったのだ。

 生き残るには、皇族を滅ぼすほかなかった。皇族の血縁であり、ツィンクラウンを名乗った経歴がある者を殺害した。とうとい人生を、皇族を滅ぼすことだけについやしたのだ。

 皇族はアリアリーナを邪魔者扱じゃまものあつかいし、あらぬうわさを掻き立てた。汚職を繰り返し、悪の所業しょぎょうも行っていた。そんな外道げどう共に責められるいわれはない。

 アリアリーナが瞳を伏せようとした途端、固く閉ざした間の扉を開け放つ音が反響はんきょうした。ひとりの男が立っている。アリアリーナが恋焦こいこがれた、ひとりの男が――。

 癖のひとつもないバターブロンドの髪が風になびく。前髪の隙間からのぞくブルーダイヤモンド色の双眸そうぼうが美しい。高い鼻に、れた桃色をした甘そうな唇。人間とは到底とうてい思えぬ目鼻立ちの整った美貌びぼうだ。背は高く、肩幅は随分ずいぶんと広い。同性が羨むものを全て持った彼の名は、ヴィルヘルム・ルスティー・ラトリッジ・グリエンド。ツィンクラウン帝国建国時から皇族に仕える中央のグリエンド公爵家こうしゃくけ、その当主である。年齢は、27歳。アリアリーナが今から手に入れたいと考えている男であった。


「………………」


 ヴィルヘルムは疲労困憊ひろうこんぱいした表情で、間に足を踏み入れる。フラフラとした足取りは、あやうい。三つのしかばねのうち、先程まで息のあったひとりの女性に近寄る。


「エナヴェリーナ……」


 アリアリーナが愛した声、今にも消え入りそうな声で、にくきその名を呼ぶ。ヴィルヘルムは膝をつき、死した女の体を腕に抱く。死んでもなお、彼を独占する女にアリアリーナははらわたえくり返りそうだった。

 エナヴェリーナ・イレイン・ラトリッジ・グリエンド。ヴィルヘルムの腕に抱かれている死んだ女の名だ。ブロンズグレイの長髪。光の灯らない、にごったファイアーオパール色の瞳。色味のない唇の端から垂れるのは、鮮血であった。享年きょうねん27歳。ツィンクラウン帝国第三皇女にして、アリアリーナの異母姉。隣で息絶えている皇后の実子という正当な血統を持つ高貴な皇女だ。そして、ヴィルヘルムの妻、グリエンド公爵夫人。


「皇帝陛下……皇后陛下……」


 ヴィルヘルムは呆然ぼうぜんつぶやく。エナヴェリーナの傍で倒れるのは、帝国の父母であった。ふたりとも、既に息絶えている。皇后に関してはツィンクラウン姓を名乗っているとは言え、血は引いていないため殺す必要性はなかったのだが、アリアリーナの邪魔をしたため殺害した。

 ヴィルヘルムは顔を上げる。視線がかち合った。ブルーダイヤモンド色の目が見開く。彼の表情を見て、アリアリーナは息をんだ。





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読者の皆様



いつもI.Yの小説を読んでくださり本当にありがとうございます。

本日より新作品『愛する人を殺さなければならないので離れていただいてもよろしいですか? 〜呪われた不幸皇女と無表情なイケメン公爵〜』が連載スタートいたします!

毎日1話ずつの投稿を目指して頑張っていきますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。


タイトルは意外と明るめ?ですが、内容は全体的にシリアス多めです。タグや紹介文(必読部分含め)を必ず読んだ上で、この先もお付き合いください。


人が亡くなるシーン、流血表現、身体的ダメージなどの表現がございます。苦手な方はどうかご自衛ください。

R18(性描写)に該当する直接的な表現は現時点ではありませんが、一部匂わせる表現があります。いずれそのような表現を使う場合には〝性描写有り〟をタグ付けさせていただきます。


電子ノベル好評配信中+コミカライズ(WEBTOON)決定作品に関しても何卒よろしくお願いいたします。詳細はX(@I_Y____02)でお待ちしております!


今日もI.Yの作品が皆様の生活の彩りとなれますよう、お祈りしております。



I.Y

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