7-2
来週金曜日に決まった僕たちのカルテット野外ライブ。
打ち合わせで曲目も決定し、数分ほど僕が代表として司会を務めることになった。殆ど僕の意見で強引に進めたから、代わりにそれくらいの役目を押しつけられても文句は言えまい。
最初の演奏は和泉によるバッハの『ガヴォット』。残り10分の時間を埋めるなら、やはり彼女のこの曲しかないと思って頼み込んだ。でも和泉が奏でる音色には人を惹きつける魅力があり、きっとこの曲でより多くの人が足を止めてくれるに違いない。
和泉のソロの後に僕が曲紹介をし、2番目は日向と近江によるモーツァルトの『ファゴットとチェロのためのソナタ』、続けて3番目に僕と和泉によるフックスの『クラリネットとヴァイオリンのための二重奏』を演奏する。
そして最後に目玉である僕たち四人の『カノン』でフィナーレだ。時間があれば、その前にまた少し僕が喋るかもしれないけど。
「じゃあプログラムはこれでオッケーと。あとは当日まで練習あるのみだね。大阪に来た新たな仲間が、僕たちの音を聞きつけてくれるといいんだけど」
「そう上手くいくかねぇ。だけど、そろそろ
「……やつ?」
ポテチと一緒に用意したクッキーをハムスターのようにかじりながら、近江の言葉に和泉が反応を示した。
クッキーもストロベリーティーも、彼女のためにこっそり用意したものだから僕は今、密かに心の中でガッツポーズをしている。目の前の男二人に見つからないよう死守してきた甲斐があった。
「あぁ、奴か。ブリッランテでお前の次に統率権を持つ副長だ」
「名前は
記憶によれば武蔵は、僕たち三人の次に転生者として立候補している。副長なだけに責任感は強かったから、自分が名乗りを上げないわけにはいかなかっただろう。
西日本が拠点である僕らと武蔵は接点こそ少なかったものの、彼がイイヤツだったことは覚えている。というか、基本的にブリッランテのメンバーはイイヤツばかりだった。
「武蔵は情報収集が得意だったから、もしかしたら〝アンリ〟について何か知ってるんじゃね?」
コーヒーを飲み干した近江が、そう言いながらキッチンに向かった。そしてポットに紅茶が残っているのを見つけてカップに注ぐ。ブラック派の君に、そのフレーバーは甘いと思うけど……あ、やっぱり「甘ぇっ」って顔してる。
近江が言う〝アンリ〟とは、和泉が聞いた角の死に際の言葉だ。実際には「アンリサ――」と言いかけで封印されてしまっており、アンリが正確とは限らない。でも奴らも〝黒使様〟と上の者は
曖昧ではあるけど、ようやく手にしたメストの首謀者に繋がる情報だ。でもアンリにしろアンリサにしろ、僕たちの記憶ではその名に覚えがない。いつからメストに加担しているのか。
「そうだね。でもその前に多分……おっと、噂をすればなんとやら」
何気なく携帯を覗いた僕は、そこに表示されたSNS受信の文字に胸を躍らせる。送信者は数日前に出会った、あの天才少年だ。
メッセージを開くと、そこにはあるものが完成したとの内容が書かれていた。まさかとは思ったけれど、これほどまで早いとは。
「何だ、デートのお誘いか?」
「バーカ、そんなわけないだろ。和矢からだよ。和泉の音のズレを調査したいっていうから、任せてみたんだ」
日向からのくだらない冷やかしを一掃し、僕は入院中の和矢とのやりとりを明かした。あの期間、僕らは二人が不安にならないよう交代で付き添っていたのだ。そこで和泉に音のズレのことを聞いていた和矢自身から、そんな打診を受けていた。
和矢の見解によると「世に存在する音そのものへ変化をもたらすのは不可能だと思います。恐らく、音の周波数を乱す電波のようなものを発生させ、和泉さんはその僅かな波長を聞き取っているのではないでしょうか」らしく、まずはその特殊な電波を感知する装置を作ってみるとのことだった。
そう。先ほどの連絡は、その装置が完成したというものだ。和矢が作った装置は僅かな異常電波を感知し、彼の見解どおり、それが所定の音となる周波数を乱していることが判明した。
「和矢君すごい……」
「マジどんな頭してんだよ、アイツ」
「……んで、それから?」
感心する二人に対し、僕に馬鹿と言われた日向は少しふて腐れながら尋ねた。ふて腐れても悪いのは君なんだけど。
「まだそこまでだよ。これからその装置を使って、現状で音にどれくらい影響を及ぼしているのか数値化する試みをしてる。何しろ和泉以外には聞こえないんだから、調査するのは雲を掴むような感覚だろう。音に敏感なソプラとテナーの力も借りて、広と共に最短で仕上げる努力をしてくれてるよ」
和矢と広が加わっただけでこの進歩。やはり仲間の存在は大きい。
次に出会うのが武蔵にしろ他の誰かであるにしろ、繋がるほど僕らの力は強靱なものとなるだろう。それぞれの特技を生かし、今度こそメストを完全封印する。それが僕たちの使命だ。
「他、誰か相談したいことはある? なければ今日は終わろうか、和泉の帰る時間も遅くなるし」
何なら僕は泊まってもらっても……いやダメだ、こんな男所帯に危険すぎる! 何を考えてるんだ僕は。
心の中でノリツッコミをしていると、その和泉が恐る恐る小さく手を上げたではないか。いやいや、そんなまさか。
「ど、どうしたの? 和泉」
「あの。相談っていうか、お願いっていうか……」
どこか照れているような仕草をする和泉に、いよいよ僕の緊張が高まってきた。もしそうだとしても僕が全力で止めなければ――。
「わっ、私も皆のこと、名前で呼んでもいい?」
…………。
うん、良かったよ。予想が外れて。
一人勝手に拍子抜けしつつも、和泉の申し出は飛び上がりたいほど嬉しかった。こちらから言及はしなかったけど、実は少しだけ気になっていたのだから。
「もちろん! ねぇ、皆――」
「……ダメだ」
高揚した僕の声を遮ったのは、リビングに冷たく響くアイツの声だった。
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