6-10

 一方、こちらは広君と共に角の幻影と交戦の最中にあった。

 飛来するスズメバチは広君の呼んだシジュウカラたちが襲いかかり、地を這う毒虫たちをソプラと私の矢で一掃している。戦闘を続けて移動している間に、私と広君は背中合わせになっていた。


 でも矢での攻撃は一匹ずつしか仕留められないため時間を要し、ソプラにかなり負担を掛けてしまっていた。シジュウカラを操りながらそれを見ていた広君は小さく溜め息を吐くと、目を閉じてブツブツと何かを呟いた。

 するとその数秒後、どこから集まったのか100匹は超えるであろうヒキガエルの群れが、私たちの周りに姿を現したのだ。そしてカエルたちは虫を目にするや否や一斉に捕食し始めた。恐らく広君が能力で手助けするよう呼んでくれたのだろう。


 とても頼もしい限りだけど……。


「……いやぁあ! やっぱりどっちも気持ち悪いぃ~!」

「ウルサイのだ! もう僕とソプラで十分なのだ、お前はどっか隠れてるのだっ!」


 とうとう我慢できなくて悲鳴を上げると、8個も歳下の男の子に怒られてしまった。折角少しずつ距離を縮めているのに、自ら無駄にしてどうする私。

 気を取り直して再び弓を構えると、広君は次に舌打ちをした。それでも私は攻撃を止めず、狙いを定めてソプラの足元に迫っていた虫の一匹を仕留める。矢の扱いも随分上達したものだ。


「もうっ! いいからお前はどこかに――」

「ごめん広君、それだけはできない。あなたに嫌われても、私は傍から離れるつもりないよ」

「鈍い奴なのだ、邪魔だって言ってるのだっ」


 かなりの量の虫を撃退したのに、幻影の角は次々と新たな虫を繰り出してきてキリがない。きっと本体を倒さなければ延々に続くのだろうけど、今それは和矢君が懸命に探してくれているはずだ。

 広君も和矢君も頑張っているのに、私だけが隠れてるだけなんて、そんなことできるわけがない。それにもう……守られているだけは御免だ。


「私は役立たずかもだけど、二人が戦っている限り絶対に逃げない。何があっても最後まで一緒に戦うから!」


 そう告げると広君の顔には驚きと困惑が浮かび、微かに唇が震えていた。でもすぐに顔をそっぽ向けてしまい、「勝手にするのだ」と小さく呟いた。


 太陽が地平線に飲まれようとしている。暗くなるのも時間の問題だった。


 その時、角の姿を保っていた蜂の大群が一斉に離散した。それだけでなく、シジュウカラと格闘していた蜂たちも、私とソプラやカエルたちが撃退していた毒虫たちも、煙を巻くように姿を消してしまったではないか。

 何が起きたのだろうか。私たちは顔を見合わせて狼狽えていると、どこからか羽音が聞こえてきて段々と大きくなり、目の前に見たこともない巨大な蜂が舞い降りたのだ。あまりの恐怖に血の気が引き、体が固着する。


「……オマエタチ、コロス。コイツノヨウニ、コロス」


 蜂は片言でそう言い放つと、右の前脚に引っかけていた何かを私たちの元に投げつけた。よく見るとそれは、顔から足の先まで至るところが腫れ上がってしまった和矢君と、傷だらけのテナーだった。あまりにも痛々しい姿に息を飲む。


「和矢君……!」

「和矢ッ、テナーッ!!」


 咄嗟に二人の元に駆けつけると、彼らにはまた息があった。でも和矢君は恐らくスズメバチの大群に刺されたものと推測され、毒に侵されていると考えていいだろう。

 これだけ刺されていれば、アレルギー性のショックを起こしてもおかしくはない。早く何とかしなくては。


「ソイツ、モウシヌ。ツギ、オマエタチノ、バン」


 この二人を連れてきたということは、あの巨大な蜂はもしかして角なのだろうか。あれが本体なら、封印さえしてしまえばこの戦いは終わるだろう。

 でも封印の矢はかなりのエネルギーを使い、無闇に撃つことはできない。3メートルはあろうあんな凶暴な敵を相手に、一体どうしたら……。


 すると、隣で私と一緒に和矢君とテナーに寄り添っていた広君が、体を大きく揺らして立ち上がった。俯いていて表情はよく見えないけれど、声を掛けられないほどの圧迫したオーラを放ち、角に立ちはだかる。


「よくも、和矢とテナーを……」


 あまりにも低いその声に、嫌な予感がした。

 巨大蜂の角が、威嚇するように翅を鳴らし、広君へと突進する。


 そして私の予感は的中した。


心体増強モジュレーション、全音!!」

「広君ッ!」


 心体増強モジュレーション――それは前回のとの戦いで、荒井君が身を削って己の戦闘能力を上げた奇術。広君はそれを使ってしまった。

 全音での転調はキーを2つ上げることから、彼は戦闘能力を2段階アップさせたと思われる。でもこの術は5分しか持たず、その上に効果が切れると能力を上げた分だけ自分に負荷が返ってくるという恐ろしい術である。


 更に荒井君の時と違い、発言の直後から広君の体が大きく膨れだした。身長は2メートル以上にまで伸び、胴体も倍以上に膨張して肩が隆起。瞳孔が赤く変色し、顔の先が長く伸びて頭上には獣の耳が生え、純白の体毛が全身を覆う。両手両足の指先には鋭い爪が伸びた。


「グォオオオオオオ……ッ!」


 思わず目を疑った。広君は緋色の瞳と真っ白な毛を持つ、ヒグマに変身したのだ。

 彼の姿と咆哮を聞き、私は声を失う。


 ヒグマになった広君は、真っ向から迫りくる角と取っ組み合った。彼は敵の機動力である翅を捥ごうとしているけど、角はそれをさせまいと翅を常に動かしている。大きさが大きさなだけに、彼女が羽ばたくと風が巻き起こるため、私は和矢君とテナーを守るように覆い被さった。

 角は浮上をしないものの、風の勢いを使って広君を押し倒し、毒針で彼を狙い始めた。巨体であるが故スピードに劣り、広君は紙一重で何とかそれを交わしているけど、あのサイズの毒針を受ければ一貫の終わりというのは明白だった。


 すると角は次に強靱な大顎で広君の喉元を狙った。でも広君は再び力強く咆哮すると、その顎に噛みつき破壊。更に彼の肩を押さえていた左前脚の関節を狙って砕く。


 凄い。大きさは広君の方が若干小さいけれど、パワーは桁違いに彼が勝っている。どんなに大きくとも蜂と熊では力の差は歴然だ。


 でも忘れてはいけない、これは心体増強モジュレーションなのだ。

 ――そう、あの時間がやってくる。

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