6-8

 和矢君の強力なワイヤ攻撃に唖然としていたのも束の間、その乱れ打ちが急に止んだ。しかもまだ敵である角はいるのに、彼はテナーを連れて何処かに行ってしまう。年下の子に任せっぱなしなのも恥ずかしいけれど、まさか私たちを置いて逃げ出したのだろうか。


 ……いや、そんなはずはない。頭の良い彼のことだ、何か策があるに違いない。


 和矢君の行動に戸惑ったのは角も同じだったようで、彼女は慌てて追跡しようとしていた。そうはさせまいと私は彼女を再び弓で狙う。

 でもお互いそれ以上の行動には転じなかった。何故ならワイヤ攻撃が止み静かになった空間へ、空の彼方から高音の特徴的な鳴き声が響いて、まるで黒い雲が生きているようにこちらに迫っていたからだ。


「なによ、あれ」


 蜂の攻撃も忘れて角は空を見上げておののいた。

 それは雲ではなく、よく見ると小さな鳥の大群だった。


 鳥たちは数刻のうちに飛来すると、一斉に急降下して蜂たちを食い荒らしていった。青みがかった灰色に、頭の部分と首から胸にかけて黒い模様が入っている、スズメくらいのサイズの鳥だ。

 私の記憶が正しければ、あの鳥の名前は――。


「シジュウカラさんなのだ。僕の念に応えて、助けにきてくれたのだ」


 和矢君が走り去った道を見つめてこちらに背を向けたまま、広君はそう呟いた。シジュウカラの何羽かが広君の周りを飛び、彼が指を差し出すと何の躊躇もなく一羽がそっと着地する。彼の真の能力を目の当たりし、私は息を飲んだ。

 そして広君はクルリと振り返ると、角を鋭い眼差しで真っ直ぐに見つめた。いつもの幼くて可愛い広君はそこにおらず、立派な戦士の顔つきだ。その場にいたスズメバチを食い尽くしたシジュウカラたちが、彼の周りを旋回する。


 気がつくと、さっきまでいたはずの角が姿を消していた。広君の圧力に逃走したのかと思ったけれど、再び蜂の群れが空から集まると、人の形を成して角の姿が浮かび上がった。それを見た私は和矢君がいなくなった理由を察した。


「やはり、私の幻影に、気づいていたか」

「和矢がすぐに気づいたのだ、ニセモノの相手は僕がしてやるのだ。お前は蜂さんが味方みたいだけど、僕にはお前より多くの動物さんが力を貸してくれるのだ」


 その言葉に角は一瞬面を食らったような表情をしたけれど、すぐにクスクスと嘲笑を浮かべた。


「へぇ。あなた、動物使いの、陸中ね。まさか、こんな子供が、混ざっているとは」

「お……お前に言われたくないのだっ!」


 それまで凜々しくキメていた広君だったけど、急に顔を真っ赤にして角に噛みついた。何だかどんぐりの背比べを見ているようで、少しだけ可愛いと思ってしまう。

 しかしそんな和やかな状況が長く続くわけもなく、角は広君と私それぞれを見やると表情を元のすまし顔に戻した。


「いいよ。まとめて全員、殺してあげる。でも、あなた1つだけ、勘違いしている。私の手下は、蜂とは一言も、言っていない」


 呟いた直後、彼女の周りを飛行するスズメバチに加えて、足元に地を這う毒虫(自主規制)たちがウヨウヨと湧いたのだ。通常よりふた回りほどサイズアップしている虫たちの姿に、本当なら気持ち悪くて絶叫したいところなのだけど、奥歯を噛んで堪えた。

 角と虫たちを挟み、広君とシジュウカラの群れ、ソプラ、そして反対側に私が睨み合って対峙する。


「私は、〝蟲使い〟の角だ。我が蟲たちの脅威を、思い知れ」


 そして駅前の広場は、虫たちとシジュウカラの大群で混沌と化したのである。




複合鋼斬アンサンブル……ッ!」


 その頃、僕は再び大量のスズメバチを相手に戦闘を強いられていた。パレットで隔てた通路では場所も視界も狭いため、積まれた杉板の上に飛び乗って交戦中だ。必死にこの虫たちと戦っていると見せかけて僕は、とある合図を待っていた。

 この蜂は目眩ましにすぎない。気をつけるべきは先ほどパレットの間を蠢いていた影の正体と、一番肝心の角本体だ。


「角、どこだ! 隠れてないで出てこい……!」


 叫んでみたものの当たり前だが返事はない。代わりに再度背後から例の影の気配を感じ、ワイヤでパレットをバラバラに分解した。するとそこに潜んでいた手の平サイズはあろう大量の蛾が、淡く光る粉を振りまきながら襲いかかってきたではないか。

 直感的に〝吸ってはいけない〟と思ったが、反応が少し遅かった。呼吸から少しその粉を取り込んでしまい、瞬間足元がよろめく。街の人たちを眠らせた原因は、恐らくこの蛾の鱗粉だろう。


 この時を待ってましたと言わんばかりに、僕の影に別のそれが重なった。顔を上げると目に飛び込んだのは、子供一人は乗れそうなくらいの巨大な蜘蛛だった。模様は蜂のような色合で、不気味に黒光る3つの目で僕を見下ろし、脚からは細かい棘が生えていて実に気持ちが悪い。

 更に口からは鋭い牙を伝って唾液のようなものを垂らしている。毒が含まれるのか、板の濡れた部分が煙を上げて溶けていた。


 このままでは蜘蛛のエサになると判断した僕は、そろそろ合図が来ることを祈りながら咄嗟にワイヤを天井のクレーンへ伸ばした。

 奴が飛びかかるより紙一重早く、ワイヤをクレーンに巻き付けたまま長さを縮めて僕は体を急上昇させた。蜘蛛からは逃れたが、当然のように蜂や蛾が僕の後を追いかけてくる。


 しかし、ここで待望の〝合図〟が発動した。


 倉庫全体に突然、雨と見間違うほどの水が降り注いだ。それは濡れることを嫌う蜂の動きを鈍らせ、蛾の鱗粉の飛散を防ぎ同時に洗い流していく。蜂の動きを制するために考えた策だったけど、蛾にも効果を発揮してくれたようだ。


 この倉庫の天井にはクレーンだけでなく、スプリンクラーが装備されていたのだ。

 そしてこれを発動させたのは勿論――。


「ありがとうテナー、助かった。じゃあ、次の作戦に移るよ」


 下が想定外の水攻撃に混乱している間に、クレーンの上で僕はテナーと入れ替わり、今度は彼がワイヤを使ってまるでジップラインのように降りていく。蜂と蛾は水に怯んだのか姿はなく、あの蜘蛛だけがテナーに気づき彼を追いかけた。


 その間に僕はクレーンを伝って天井を横断し、奴らに気づかれぬよう再び地上へ降り立つと、パレットの影にそっと息を潜めた。

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