3-4

 気がつくと見知らぬ男の人に助けられていた。紫がかった黒いウルフマッシュの髪が、風でふわふわと揺れている。助けてくれたことと、手に湾曲した形状の剣を握っていることから、この人もブリッランテの人なのではと推測した。


「日向のアホ面は知ってて、俺の顔は知らないのか。調べが甘いぞクソメスト」


 ――というかブリッランテの人だ、絶対!

 あの高杉君に〝アホ面〟なんて言葉が使えるなんて、よほど親しい間柄なのかな? と思って当人の方を見てみれば、明らかに〝ゴゴゴ〟という音が聞こえそうな黒いオーラを出し、目の前の男の人を凝視していた。さっきまで苦しそうな顔してたのに、ものすごく怒ってる……。


「あ、あの」


 私は恐る恐る湾刀の人に声をかけると、彼はチラリと一瞬振り返り、想像もしなかった言葉を発した。


「邪魔だからそこから動くな、グズ」

「……グっ」


 グズゥ~~ッ!?


 唖然として見上げる私をさて置き、男はさっさとメストの方へ攻撃を仕掛けに行ってしまった。

 なんて口の悪い人! と狼狽えるものの、私が加勢したところで何の力にもなれないのは、たった今思い知らされたところだ。残念ながら〝グズ〟と言われても仕方がない。これ以上、高杉君の足を引っ張りたくはないし。……あと、一応あの人にも。


「貴様モ国守護楽団ノ一味カ。ナラバ貴様カラ殺シテクレルワ!」


 メストはそう咆哮すると、湾刀の人に煙玉を連投した。でも彼はその全てを正確に切り捨て、どんどんメストとの距離を詰めていく。

 速い。高杉君も相当の身のこなしだったけど、この人もなかなかの熟練者であることは一目で分かった。でもこの一連の流れはつい数分前に見た光景と酷似してる。


「気をつけろ! そいつの攻撃は黒煙だけじゃねぇっ!」


 高杉君がそう叫ぶと同時に、メストが近づいてきた湾刀の人に1つの玉を投げた。

 まただ、あの光の玉が来る!


 でも彼は持っていた湾刀を手首を返して刃の側面で叩き、キンという金属がぶつかるような音をさせ、光玉であろうそれを空へ打ち上げた。そして瞬く間もなく再び剣を反転させ、体を旋回しながらメストの胸部に斬撃を与えたのだ。

 更に彼は光玉が落ちる前にその場から飛び退け、その閃光を回避。代わりに光の餌食となったのは、それを投げた張本人であるメストだった。


「グゥ……!」


 強烈な光が引き、メストがようやく目を開いた時にはさぞ驚いたことだろう。

 もうそこには再びあの男が迫っていたのだから。


「終わりだ」


 男がそう呟くと、メストの右の脇腹から左の肩に向かって大きく切り上げた。黒い墨のような血飛沫を上げ、断末魔を叫ぶメストはそのまま俯せに倒れ込んだ。まさに息つく間もないアクロバティックな剣捌きに、メストは反撃の余地すらも与えられなかっただろう。

 すごい、一人であのメストを倒してしまった……。私は呆気に取られて声も出なかった。もはや足手まといどうこうの話ではない。


 男はメストを蹴り上げて仰向けにすると、首元に剣先を突き立てて見下ろした。


「死ぬ前に答えろ、今お前らを動かしているのは誰だ」

「……誰ガ貴様、ナドニ」


 息も絶え絶えにそう答えたメストに対し、湾刀の人は無表情で自らが切ったメストの脇腹を踏みつけた。あまりにも冷酷な行動にこちらの血の気が引いていく。

 でも私はその時、メストの左手が不自然に動いているのを見た。小さな玉が掌に出現し、それを指でつまむ。湾刀の人は尋問に意識を取られていて気づいていないようだった。


「危な……!」


 危険を知らせようとした瞬間にメストはそれを湾刀の人に向かって投げたけれど、先に気づいていた高杉君が素早く飛びつきその玉を弾き飛ばした。

 良かった、彼も動けるまでに回復したみたい。


「このヤロ、往生際が――」

「今ニ見テイロ、国守護楽団……間モナクコノ国ヲ闇ガ支配スル。ソシテキット、アノオ方ガ、黒使コクシ様ヲ……」


 メストはそんな言葉を残すと、天を見て動かなくなってしまった。その様子を見て湾刀の人は静かに剣を下ろす。

 あの人の尋問とメストが残した言葉から考えるに、まだ黒使というメストの長は復活していないのだろう。奴らをまとめている別の何者かが、その復活を目論んでいる、ということ。そして着々とその準備は進められているのだ。


 それなのに私は何もできなかった。弓を出すことはできても戦えないんじゃ意味がない。今までに一度も弓なんて扱ったことがないのだからそれは当然だけど、このままでは駄目だということは私にも分かる。


「何も収穫はなし、か」

「そう簡単に吐くほど愚かでもあるまい。こちらで地道に調べるしかないだろう」


 煙を巻いて消えていくメストを見ながら二人はそう話した。封印せずに消えたということは、あのメストは上位クラスの個体ではなかったということだ。それでも先日襲撃してきた闇犬とは比べものにならない強さだった。上位クラスともなればどんな強敵がいるのか計り知れない。


 だからこそ、強くならなければいけない。私も彼らのように。


「……で。だーれが〝アホ面〟だと?」


 ここでシリアスな空気は一変し、高杉君は青筋を立ててを問いただし始めた。あぁ、やっぱりそれは忘れてないんだ。


「事実だろ。奴の単純攻撃にハメられて首を絞められている、お前の面を表現したまでだ」

「テメ、喧嘩売ってんなら買うぞ」


 二人は睨み合い一触即発だ。どうやらあの湾刀の人は私たちの様子を結構前から傍観していたらしい。それならすぐに援護してくれれば良いのに、口だけじゃなくて趣味も悪い人だ。まぁ、最後には私を助けてくれたんだけど。


「ま、待って! 喧嘩してないで、この人が誰なのか教えてくれる!?」


 意を決して間に割って入ると、とりあえず彼らはお互いそっぽ向いて口論を止めてくれた。そして高杉君は『復元ダ・カーポ』の発言で剣をチェロに戻し、不機嫌な顔をしながらも楽器の手入れを始め、湾刀の人に「自分で言え」と促す。

 すると彼は面倒そうに湾刀を肩に担ぎ、細い切れ目で私を一見して……鼻で笑った。


和田わだ近江おうみだ。まぁ精々足を引っ張らないでくれよ、グズ和泉さん」


 グっ……!?

 度重なる失言でついに高杉君の鉄拳が飛び、第二ラウンドが始まった。

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