3-2
私の家と、高杉君たちが住むシェアハウスは比較的近所にある。だから必然的に一緒に帰る形となるわけで。
バスの中は帰宅中の学生たちで混雑していて、話せる状況じゃなかったから何となくやり過ごせたものの、問題はそこから降りた後だ。
「おい。……おいって!」
「な、なななんでしょうか」
住宅街の中、数歩離れた高杉君の後ろを歩いていると、突然彼が振り返ったので条件反射で怯えてしまう。
「何で、んな離れてんだよ」
「だって高杉君、何かずっと怒ってるみたいだし、近くにいたら迷惑かな、って」
あと高杉君の隣を歩くのって緊張するんだよね、……とは言えない。さっき
すると高杉君はまた小さく溜め息を吐いて、頭を抱えた。
「別に怒ってねぇよ。言っただろ、もう何もしねぇって。安芸にも散々クギ刺されてるし」
どうやら荒井君にかなりキツくお灸を添えられたご様子。でも高杉君は私にも前世の記憶があると思ってたわけだし、今思えば彼があの行動を取るのも理解できないわけじゃない。まぁ、かなり怖い思いはしたけど。
「お前、あのカフェにはよく行くのか?」
「えっううん、今日はたまたまだけど……た、高杉君はどうしてあのカフェに?」
高杉君が普通に話しかけてくれるので、私は少し彼との距離を詰めた。ふんわりと香るコーヒーの香りが、先ほど彼が飲んでいたティーカップの中身を教えている。
「……俺も偶然だ。今度から行く大学が近いから周辺を散策してて、それで」
一瞬の間が気になったけど、そう言えば彼はK教育大学に入学すると聞いていた。インテリ系イケメンって例えだけじゃなくて、本当に頭がいいんだった。
「教育大学ってことは、教師か何かを目指してるの?」
「あ? まぁ……親とはチェロの道を行くんじゃねぇのかって揉めたけどな。こっちの大学受けるってのも大喧嘩したしよ」
自分のことを話してくれる高杉君は遠くを見ていた。そっか、彼は教師になりたいんだ。そうだよね、やっぱり高杉君自身にだってやりたいことはあるよね。
それなのに前世の記憶に従って、私のために大阪にまで来て……本当、どうして私には記憶が戻ってないんだろう。記憶があれば、私から皆にも何か発信できたかもしれないのに。
でも、それなら高杉君は、本当はチェロなんてやりたくなかった……?
「何だよ、お前がシケた顔すんなって」
「だ、だって。高杉君、ブリッランテのためにチェロを嫌々やってたのかなって思ったら……大学も別のところへ行きたかっただろうし」
私の言葉を聞いた高杉君は黙ってしまい、それがまた無言の肯定をしているようで悲しくなる。けれども私は彼の全てが不本意だとは思いたくなかった。
あの時聴いた音色は本当に素晴らしかったから。
「私、高杉君のチェロ好きだよ!」
立ち止まってそう叫ぶと、彼は目を大きく見開いて私を見つめた。
だってほら、今でも耳に残っている。湖を悠然と泳ぐ白鳥を表す、ダイナミックでゆったりとした優しい音色。それを表現できる彼の音楽家としての表現力はもちろん、技術力だって相当の練習を重ねてきたはずだ。
彼が本当にチェロを嫌うのなら、あんなに美しい音は出せないだろう。
「俺は……」
不意に高杉君の右手が私の頬に伸びる。
そして彼の真っ直ぐな視線に捉えられ、自分の鼓動が高まるのを感じた。
「俺は」
高杉君が何かを口にしようとした時、それは何の前触れもなく起こった。
爆発音と共に私と高杉君を囲うように、周囲に黒い煙が立ち上ったのだ。彼は咄嗟に私を背後に回すと、辺りを警戒するように見渡した。
再び投げ込まれた何かが足元で爆ぜ、また黒煙が充満する。それを吸わないよう無意識に口元を手の甲で押さえていると、高杉君に強く手を引かれて走り出した。
「ちょっ、わっ」
「メストだ! くそ、やっぱり……」
逃げ惑うように走っている間も、姿の見えない敵からの攻撃は続いていた。よく見れば投げ込まれるそれは小さな球体の形状をしており、何かに触れると爆発する仕組みらしい。
ここは住宅街、こんな爆発音を響かせていれば外の様子を見る住人は当然いる。でも家の中から出てきた人たちは、充満した煙を吸い次々と倒れていった。
まさかこれ……毒ガス……!?
「高杉君……!」
「構うな、恐らく眠っているだけだ。でもここは場所が悪い」
高杉君の言葉に、毒ではないと知って取りあえず安堵した私は、それなら河川敷はどうかと提案した。和泉市には市を分割するように
「よし、案内してくれ」
高杉君が私の意見に同意してくれたため、彼を河川敷に向かう道筋へと誘導した。
でも道中、私の視界が揺らいだ。絶え間なく続く攻撃の煙を少し吸ってしまったのだろうか。懸命に眠気に抗ったけれどついに足がもつれて、腕を掴んでいる高杉君ごと転倒してしまった。
「うおっ……、和泉ッ!」
高杉君は前転して上手く受け身を取り起き上がったけど、私は見事に地面へダイブしていた。
朦朧とする意識を覚醒しようと頭を振るった時、自分の影に違う影が重なった。何かが飛びかかってこようとしているのに、私は怖くて振り返ることもできない。
「
その発言が聞こえた直後、飛びかかってきた何かに高杉君は剣をかざして突進した。彼の素早さに相手が怯んで反対方向に退くと、その隙に彼は私を抱えて再び走り出す。そして目的地であった河川敷を見つけ華麗にジャンプして降り立った。
何というか、ものすごい身体能力。
「大丈夫か、和泉」
彼は私の体をそっと下ろし、顔を覗き込んだ。
「ご、ごめん。私また……」
「――ヨウヤク鬼ゴッココハ終ワリカ? 国守護楽団ノ日向」
また迷惑をかけてしまった謝罪の言葉を遮り、不気味な声が河川敷に響いた。
私と高杉君を追いかけ回していた正体が姿を現す。
それは黒いマントに深くフードを被った、顔の見えない怪しい人物だった。
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