2-5
私と荒井君はそれから談笑に夢中となり、背後へ迫り来る人物に気づかなかった。
「あ、そうだ和泉。僕にも聴かせてよ、バッハのガヴォット」
「え~、恥ずかしいなぁ」
演奏をせがまれている楽しい雰囲気の中に、ドス黒いオーラを放って現れたその人は、荒井君の頭を鷲掴みにして低い声で恨み言を吐いた。
「あ~~~き~~~……テんメェ、随分と楽しそうじゃねぇか」
「なんだ日向か。おはよう、遅かったね」
当の荒井君は全然動じてなかったけど。
「遅かったね、じゃねぇ! 〝和泉の楽団、僕も入ったから先に行くね〟なんて朝にメールだけしてきやがって、なに勝手なことしてんだよ!」
「えぇー。だって君、昨日帰ったらもう部屋に籠もってたじゃないか。それとも僕と一緒に来たかったの?」
「そうゆうことじゃねぇ!!」
真面目にボケる荒井君に、高杉君はすかさずツッコんだ。このボケとツッコミの観点で見てしまうのは、私にも大阪の血が流れているのだから仕方がない。
そういえばこの二人は地元が宮崎と広島で異なるのに、一体いつから知り合って行動しているのだろう。二人とも私と同い年とは聞いたけど、すっかり打ち解けている印象だ。最も〝打ち解けてる〟なんて言ったら高杉君に怒られそうだけど。
二人とも
そう思ったら何も知らず普通に暮らしてきた自分が申し訳なく思えてくる。
「あぁ、クソ! お前といい
「近江……? アイツから連絡来たの?」
ガミガミと文句を言いながらチェロの準備をしている高杉君の口から、知らない名前が出てきた。荒井君も知っているみたいだし、ブリッランテの人だろうか。
「アイツ、
「そっかぁ。でも、とりあえずやっと四人揃うってことだね」
内容からして、やっぱりブリッランテの仲間たちのことを話しているのだろう。荒井君によれば、転生したメンバーは私たちの他にあと七人いるって話だし。そう思いながら二人の会話を聞いていると、それに気づいた荒井君が解説をしてくれた。
「あぁ、ごめんね和泉。えっと、君と僕と日向、そして今話してた近江って奴を合わせた四人は、前世でも定期的に連絡を取るほど親交が深かったんだ。まぁ性分も合ったんだろうね、今と違って」
さりげなく毒を吐く荒井君に、高杉君は「うるせぇ」と言って小突いた。
メストの復活に備えて転生することが決まった時、総長であり封印の要となる私を除き、残りのメンバーを選抜するのに真っ先に名乗りを上げたのは彼ら三人だったそうだ。転生などという前代未聞の挑戦で自分の身がどうなるかも分からないのに、彼らは恐れもせずに自ら進んで手を上げたのだ。それほど四人の絆は深かった。
その四人が揃うとだけあって、荒井君はとても嬉しそうだった。本来ならお互い知らない人同士のはずなのに、私も古い友人に会える気がして何だかとても不思議な気持ちになる。
「本当は道すがら近江も僕らと一緒に来る予定だったんだけど、彼は自主的に所在地の近い但馬とのコンタクトを計っていたんだ。だから僕らだけ先に来たってわけ」
「え、もしかして全員が
「そうだよ、和泉がいるからね」
どうやら転生した九人は総長である私の元へ集結することになっているらしい。いつの時代に生まれ変わっても、私は
この流れで荒井君は高杉君との接触の経緯も教えてくれた。二人は二年前に高校へ入学したぐらいから、お互いに所在を確認して連絡を取り合っていたそうだ。高杉君が近江さんともコンタクトを取りつつ、荒井君を迎えに広島へ行って二人で大阪入りを果たした。わざわざこのためにこっちの大学を受験して。
そして近江さんは、コンタクトを取った但馬さんと一緒に来るはずだった。
ところが結果はさっき高杉君が文句を言っていたとおり、但馬さんはすぐには発てないと近江さんの申し出を断った――というわけだ。
「そうなんだ……って、ちょっと待って。まさか残りの七人もこの楽団に入る気じゃないよね!?」
オーケストラ楽団がそんな簡単に増員することは滅多にないのだけど、あの団長ならやりかねない。ノリで生きているような人だし。
嫌な予感がして私はそう尋ねると、荒井君は目をパチクリと瞬かせた後で笑い声を上げた。
「あっはっは、安心してよ。この楽団への入団は僕ら三人での計画だから。元々は日向だけの予定で、僕は勝手にやったけどね。……でも近江にも入ってもらった方がいいかもな、その方が僕らと話す時間も増えるし。ね、日向」
「だから、俺に聞くなって!」
……やっぱりこの二人、漫才やらせたらいいコンビになりそう。そんなことを思いながら私は二人のやりとりを眺めた。
私の知らないところで沢山の人が動き、音楽とこの国を守るために戦っている。それは彼ら自身の意思であるのかもしれないけど、それぞれにもやりたいこともあっただろうに。
それでも前世の想いを受け継いだ仲間たちは、私の元に集結するのだ。私には前世の記憶はないけれど、きっと彼女だって
「ねぇ。まだ時間あるから、やっぱり聴いてくれる? 私のヴァイオリン」
まだ口論を続けている二人にそう問いかけると、荒井君は姿勢を正して座り直し、高杉君はそっぽを向きつつも手の動きを止めてくれた。
「是非とも」
荒井君の一言に、私は立ち上がって大きく息を吸うと、三人だけの練習室でヴァイオリンの調べを朝の清々しい空気に乗せていった。
私と、前世の私が好きだった曲。バッハの『ガヴォット』を。
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