第50話 決勝戦・後:Side Various


 ティリーは眉を寄せて敵――コンラート=フォン=ルーカスを見る。決勝戦で扱う武器にツーハンドソードを選んだのは勝負をすぐにつけたかったからだ。基本的に剣を持って向かい合う相手を舐めたりしないが、コンラートが想定以上の実力だった事実は否めない。それに――


(感覚がズレてる)


 想定以上に自分の身体の感覚がおかしい。


 肩ごと腕を切り落とすつもりで放った最初の攻撃――急襲は避けられた。ティリーの攻勢であることは間違いないが、その後も彼女の剣がコンラートに致命的な一撃を与えることはない。服を切り裂くか、浅いダメージを与えるだけだ。


 気にしないようにしていても、内臓系の違和感は拭えない。動いているせいか体温はだんだん上がっていき、それに比例して腰や関節の痛みが増している気がした。固い地面を蹴る感覚が、いつもと違ってふわふわしている。戦闘に特化した、実力の高い戦士だからこそ、普段との違いを自覚して……気持ちが悪い。


 巨大なツーハンドソードを振り上げた――瞬間、下腹部から血液が漏れ出る不快な感覚に、力の込め具合がブレた。


 火花が散る。観客がどよめいた。


 今日の試合の中で初めて、コンラートがティリーの剣を受け止めたのだ。


「っ、重いな……」

「そう? 鍛えてないの?」


 彼女は軽い調子で返す。


「いや……俺は、あの日から腕を磨き続けた」

「あの日?」

「……忘れていてもいい。俺が覚えているから」


 意味のわからない言葉を告げられる。相手を混乱させる作戦か何かの作戦なのだろうか。だがティリーは頭を使って考えながら戦うタイプの人間ではない。深く考えることはせず「ふーん」と適当に流した。


 相手の動きに注意していると、コンラートがわずかに目を細める。空気が変わるのを感じた。


「負ける気はない」


 来る、とティリーが察した直後、コンラートが攻勢に転じる。


 腕を磨いてきたというのは嘘ではないのだろう。彼からの初撃は素早く、彼女は咄嗟に剣で受け止めた。なかなか重く、刃同士が鈍い音を立てて競り合う。単純な重さだけでいえば、男爵領で訓練の相手をしてやっていた新人騎士たちと同程度はあるだろう。


 もしかすると三馬鹿よりも戦闘センスがあるかもしれない。男爵領でまずは騎士見習いとしてみっちり鍛えれば、将来的には優秀な騎士か戦士に成長するはずだ。


 競り合っていると、ふっと彼が笑い声を漏らす。


「約束を覚えているか?」

「うん?」

「俺が勝ったら、婿に」


 真っ直ぐ自分を見つめてくる瞳に熱が潜んでいるのが見えた。ティリーは「むりだと思うよ」と軽く返し、剣を弾いて距離を取った。





Sideトム


 トムは『蛇頭の団』の面々と共に、客席で勝負の行方を見守っていた。


 開始早々、赤狼の娘――狂犬の攻勢が続いたかと思えば、今度は暁の団のコンラート=フォン=ルーカスが攻撃に転じている。トムの目から見ても怒涛の攻撃はレベルが高く、騎士科の一年の中でも群を抜いているようだ。


「おおっ、やるな、アイツ! 狂犬相手にすごいじゃん!」


 隣に座るレシールは興奮した様子で感心していた。


「なあ、トム。コレ、もしかしたらもしかするんじゃないの?」

「ん?」

「だから~、ティリー=フェッツナーの敗北! そこんとこどう思う? なんだかんだで狂犬の実力を一番知ってんのは、あんただろ?」

「かもな。でも、どう思うも何もねえよ。アイツが負けるわけねえしな」

「へ~、余裕じゃん」


 舞台へ目を戻せば、コンラートがティリーのほうへ踏み込んで連撃を放っている。長身で体格に恵まれた彼が特注のロングソードを振るうと、その攻撃範囲は相当なものだ。しかもそれに加えて動きも早い。


(足運びが上手いんだろうな。誰かに教えられて身についたにしては無駄もねえし、あいつに合ってる。ありゃ天性のモンか)


 騎士科に入学しなかったとはいえ、トムは子供の頃から男爵領で日々鍛錬を行っていた。その実力は高く、三馬鹿をも凌駕する。そして、男爵領に集う優秀な騎士や戦士、傭兵を長く見てきたため、実力を推し量る――見る目もあった。


 そんな彼から見て、今日のティリーの動きは普段よりも精彩を欠いている。他の人間は気づかないだろう。気付くとしたらチャールズくらいだ。


 観客が盛り上がっている。一方的な試合よりも、競り合い、傷付け合う戦いのほうが人を熱狂させるのだ。その声がどうしようもなく、煩わしい。


「でも意外だったな」

「何がだ?」

「もっとあっさり終わるかと思ってた。狂犬を買い被りすぎて――」

「あ?」


 低い声を漏らせば、レシールは肩を竦めて「おっかね~」と笑った。


「ティリー=フェッツナーはこんなもんじゃねえよ。長引いてんのは苦戦してるんじゃなくて……様子を見てんだろ。その気になれば――」


 反撃はすぐにできる、と言おうとした時――コンラートが剣を一閃した。ティリーは身を屈めて避けると、即座に剣の柄を刃に近い部分へと持ち換え、下から振り上げる。コンラートの頬が切れた。


 観客席で女子生徒たちの悲鳴が上がる。


「……なんだあれ?」


 トムが漏らせば、レシールが「コンラート=フォン=ルーカスのファンだ」と教えてくれた。


「騎士科の女子には結構多いんだ。顔が良くて、クールで優秀、その上家柄も伯爵家ときた。近寄りがたい雰囲気さえも魅力的~って騒がれてる」

「まあ、熱を上げられるような対象ではありそうだな」

「あの怪我の傷が残るなら、それすら『ワイルドで素敵~』とか言われるんだ」


 これだから顔のいいヤツは、とレシールがブツブツ言っている。蛇頭の団の面々も同意するように頷いていた。


 その様子を横目にトムは舞台へ意識を向ける。


 どうやら様子見も終わりらしい。





Sideコンラート


 彼女の最初の連撃を受け切った。


 攻勢に転じたあとの攻撃は彼自身も驚くほど調子がいい。普段よりも速く、強く、重い剣を振るえている。そして、かつてないほど気分が良く、高揚していた。


 ティリー=フェッツナーが近くにいる。ティリー=フェッツナーと剣をかわしている。ティリー=フェッツナーと戦えている。誰よりも近くで真っ赤な髪が揺れるのを見て、誰よりも近くで金の瞳に見つめられている。


 頬を切り裂かれた痛みすら感じないほど、コンラート=フォン=ルーカスは熱に浮かされていた。


(願わくばこの時間が永遠に続けばいい)


 ――と、彼は思った。


 思って、しまった。


「しろーとだね」


 彼女が呟き、ツーハンドソードを振るう。コンラートは自身の剣で受け止めて、競り合いに負けないように力を込めた――


「え?」


 これまでに何度も競り合い、押し負けないためには、どれだけの力を込めなければいけないかわかっていた。その経験に合わせて振るった剣が、あっさりと、彼女の巨大な剣を弾き飛ばした。


 余分な力を入れていたせいでバランスが崩れる。幼少期からバランス感覚に優れていたコンラートは即座に立て直そうとするが、それよりも彼女のほうが早かった。


 体勢を崩したところに胸ぐらを掴まれ、次の瞬間、ティリー=フェッツナーの頭突きがコンラートの高い鼻を捉えた。


 衝撃と痛みに、浮かれていた気持ちが一気に現実に引き戻される。


 大きく体勢を崩したところに、剣を持つ手を捕まれた。そのまま手首を膝で蹴り上げられる。ロングソードは重さのある剣だ。衝撃を受けて片手で持ち続けることはできず、武器は彼の手を離れた。


 俊敏でしなやかな、流れるような動きだ。コンラートが彼女の次の動作を読み切ることはできず、気付けば身体が宙を舞っていた。腕を力点に投げ飛ばされたのだと気付いたのは、身体が固い地面に叩きつけられた時だ。


 ティリー=フェッツナーが、コンラートの上に馬乗りになる。振り落とされない位置を知っているのだろう。力を入れても跳ねのけることができない。こちらを見下ろす金の目は、剣呑な光を帯びていた。


「さっきさ、勝負を引き伸ばしたいとか思ってた?」


 言い当てられて、言葉に詰まる。


「訓練用じゃない真剣を使ってるのに、ずっと命のやり取りをしたがるなんて、甘いとしか言えないよね。わたしは、さっさとぶっ殺したいって思ってたよ」

「っ……」

「戦闘にロマンとか、物語性とか、そういうのいらないから。覚えておきなよ。記憶を飛ばさないで」


 ティリー=フェッツナーが拳を振り上げる。見惚れてしまうほど美しい、獰猛な笑みで。


 拳が顔面を打ち抜く。一発では意識は飛ばない。二発、三発。骨がぶつかり、脳が揺れ、頭が跳ねる反動で後頭部が固い地面に何度も打ちつけられる。早く意識を失ったほうが、楽になれるだろう。目を瞑り、かろうじて掴んでいる意識の糸を手放せばすぐにでも気絶できる。


 だが、それをしたくないと――もったいないと思ってしまう自分がいるのも、また事実だった。


 皮膚が避けて骨同士がぶつかるような、鈍い音が頭の奥に響く。鼻は俺ているのだろうが、殴られてすぎて痛みすら感じない。顔面がぐちゃぐちゃになっていくのを感じながら――意識が暗闇へ落ちるその瞬間、コンラート=フォン=ルーカスは、笑っていた――。


 


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