第34話 仕組まれていたこと?


 ツィロとタイロンに目覚める様子はない。医療棟をあとにしたティリーとトムは、そのままの足で屋敷へと戻った。びしょ濡れのふたりにリズリー夫人はカンカンだ。ティリーは普段使っている浴室へ、トムは急遽使用人用の浴室へ追い立てられた。


 シャワーを浴びバスタブに張られた熱めの湯で身体を温めたティリーは、ダイニングに足を運んだ。タオルで軽く拭いただけの赤い髪からはポタポタと水滴が落ちている。


 屋敷は貴族のものにしては狭くで、ちょっと裕福な平民が暮らすくらいの広さしかない。その程度の広さなものだから、ダイニングに置かれている巨大なテーブルは、だいぶスペースを取ってしまっている。


 いつもだったら三馬鹿とトム、ティリーが揃うテーブル。しかし今日はふたり抜けて代わりにファルコの姿があった。居心地が悪いのか、はたまた恐縮しているのか、彼は身を縮こまらせている。


「先に食べてなかったんだね」


 テーブルの上には、大皿に盛られた二種類のパスタと、茹でたじゃがいも、ブロッコリーと卵のサラダが鎮座していた。どれも山盛りだ。肉団子がゴロゴロ入ったトマトソースパスタも、バジルソースのパスタも、タイロンがいればあっと言う間になくなってしまう。


 同じ時間に帰って来たトムはともかく、チャールズやファルコが食事を済ませていないのは意外だった。当然ながら出で立ちは綺麗にしてある。縮こまったファルコと憔悴したチャールズ……彼らが自らそうしたのではなく、リズリー夫人の手腕によるものだろう。


 ティリーは席に着くと大皿からトマトソースのパスタをよそった。肉団子を多めに添える。別の皿にバジルソースのパスタ、ブロッコリーと卵のサラダを取り、茹でたじゃがいもにバターソースをたっぷりかけた。


 誰も動かない中、彼女は食事を始める。


 リズリー夫人の料理は美味しい。タイロンと競うように食べるのが日課だったが、今はその相手もいない。ゆっくり落ちついて食べられる。肉団子をどっちが何個食べたと取り合うこともなく、黙々と咀嚼していく。


 トムがティリーに続いた。バジルソースのパスタを皿によそって食べ始める。


 それを見ていたら無性にバジルソースのパスタを食べたくなった。ティリーはトマトソースのパスタを一旦置き、緑色のパスタにフォークを伸ばす。ひと口食べればバジルと松の実の香りが広がった。絶品だ。


 咀嚼していた彼女は、ハッとして、茹でたじゃがいもをパスタのバジルソースにつけて食べた。じゃがいもにかかったバターソースとバジルソースの組み合わせは最強だ。食が進む。


「……よく、食べれるな。こんな時に……っ!」


 低い声でチャールズが呟いた。


 ティリーは無視して食事を進める。フォークを置いたのはトムだ。


「食わねえと戦えねえだろ」

「ぁ……」

「戦力半分削いだんだ。俺が敵なら追撃の手は緩めねえけどな」


 トムの言葉にチャールズは目を見開く。そのまま、彼はゆっくりとまばたきを繰り返した。気持ちか、思考か。何か整理していくように目を開けて、閉じている。


 やがて、チャールズは震える手でフォークを手にした。意を決したように大皿のトマトパスタを手元に引き寄せ、そのまま食べ始める。大口を開けて、つめ込むように掻き込んでいた。


(肉団子、全部持ってかれた)


 彼女は少しシュンとしながらも、バターソースがかかったじゃがいもにフォークを刺して口に運んだ。トムも食事を再開させると、躊躇いながら、ファルコもバジルソースのパスタに手を伸ばした。


 和やかな雰囲気ではない。誰も言葉を発さず、食事のためだけに口を動かした。だが決して殺伐とはしていない。その後、リズリー夫人がやって来て、髪が濡れたままのティリーに小言をこぼしはじめるまで、ダイニングには沈黙が続いていた――


 ――食後、四人はそのままダイニングに残り、今日起きたことを互いに話す。チャールズたちの話をティリーは一度聞いていたが、黙ってもう一度聞く。新たな発見……は彼女にはないが、トムが聞けば何かに気付くかもしれない。


「ティリー、お前はその間どこで何してたんだ?」

「わたしは――」


 クリスティーナの先輩である女子生徒に連れられて、淑女科へ行った。そこでビスキュイ・ドールのような美しい人――エリザベート=フォン=ウィルデンと出会い、お茶とお菓子をごちそうになったこと、『百鬼の団』について忠告されたことを話す。


 トムは真剣な顔で何か考え込んだ。


 そしてしばらくして彼はティリーを見た。


「お前がいなくなるタイミングを狙われたんだろうな」

「え? どういう意味?」

「『狂犬』がいない隙を狙ったわけだ」


 彼曰く、入学式当日に停学処分を食らったティリーを誰かが『騎士科の狂犬』と呼び、指輪狩りでその名は急加速的に広がったらしい。


「それって、ティリーが誘き出されてたってことか?」


 チャールズが問えば、トムが頷いた。


「誰にだよ? クリスティーナちゃんか?」

「は?」


 ティリーはチャールズを睨む。


「っ、だってよ! お前がその女の先輩についてったのは、クリスティーナちゃんの先輩だからだろ!? そうじゃなかったら無視してた。違うか?」

「違わないけど……」

「でも、そのクリスティーナさんに、あのエリザベート=フォン=ウィルデン侯爵令嬢が動かせるのかな?」


 ファルコが疑問を口にすると、トムが小さく笑った。


「話がわかるヤツで良かったよ。ファルコの言う通りだ。クリスティーナちゃんに、ウィルデン侯爵令嬢を動かすのは無理だぜ。何せ彼女は第二皇子殿下の婚約者で、今の学園で一番権力を持つ女子生徒と言っても過言じゃねえ」

「じゃあ、わたしを誘き出したのは誰? エリザベート様?」

「候補のひとりではある。いつお前を呼ぶか――つまり、襲撃の決行日を指定できる立場の人物だしな」

「なのに候補? 他にも怪しい人がいるの?」

「ああ」


 トムが目を細め、深く息を吐く。


「侯爵令嬢が淑女科の女子生徒の相談を聞いてるってのは、有名な話だ。そこに話を持ちかければ、当事者であるティリーを呼び出して、話をしてくれるのは自然な流れだろう?」

「じゃあ、話を持ちかけたヤツが?」

「相談として持ちかけて、あとは誰かがティリーを監視しておけばいい。呼び出された時が、決行のタイミングだ」

「指輪狩りは騎士科の新入生の行事なのに、なんで淑女科の女の子が手を貸すの?」


 騎士科は他の科と離れた場所にあり、特に淑女科の生徒は近付かない。わざわざ指輪狩りに首を突っ込んで協力する理由がわからなかった。それに、指輪狩りで潰してきた相手は数多くいるが、女子生徒との関わりはほとんどない。それなのに襲撃を企てられるほど恨みを買っているとは思えなかった。


 ティリーはガシガシと頭を掻く。


「頼まれたってことも考えられる。アイツらを襲ったのは『百鬼の団』のヤツなんだろ?」

「う、うん……その他の団の人もいたけど、だいたいは……」

「そこに親しい人間がいるのかもしれないな。兄弟とか、近しい親族とか、婚約者とか……とにかく、そういった関係の人間が。ソイツに頼まれて、エリザベート様に相談の体で罠を仕掛けたのかもな」

「結局それは誰なの?」


 トムは「さーな」と肩を竦めた。


「こっちで調べて対応しておく。お前らは報復のほうに集中しろ」

「? 何言ってるの?」


 きょとん、と。


「その女子生徒か、あるいは侯爵令嬢か、もしかしたらまったく知らない人かはわからないけど――そいつも報復対象だから、わたしがやるよ」

「……絶対動くな。第二皇子殿下の掌中の珠に傷でもつけたら、本気でマズい。本気で! マズいんだ!! わかったな!!?」


 必死の形相と勢いでトムが止めようとしてくる。


 だがこちらは身内をやられているのだ。ゆえに、そんなの知らないとばかりに、ティリーはフンと鼻を鳴らした。それから目を細めてトムを見る。


「ま、今すぐ悪い女の子をぶっ飛ばせないのはわかった。正体が不明だし。でも……百鬼の団のやつらがすぐに追撃してくるのなら、こっちはその前に動かないとね」

「少しは休めよ」

「身体は元気だもん」


 精神的な疲労はあるが、身体的な不調はない。むしろ予定していた指輪狩り――隣のクラスへの襲撃をしなかった分、体力は有り余っている。


「腹ごしらえしたら動く」


 ティリーは静かな声音で告げた。その決定にトムもチャールズも、ファルコも、反対の声は挙げなかった――。






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