第45話


 *


 七月に引継ぎ作業が終わると、生徒会役員メンバーが完全にそろった。

 掲示板には、それぞれの抱負が書かれたチラシが張られる。

 まず、新生生徒会としての初仕事は学期末試験のあとに行われる体育祭だ。

 生徒会役員たちは、企画を練り上げて盛り上げ役となる。全校生徒たちの盛り上がり具合によって、生徒会の力量が決まるともいわれる大事な仕事だ。

 やっと勢ぞろいした生徒会メンバーは、朝早く校長先生に報告に来た。

 初老の優しそうな顔をした校長は、生徒一人ひとりを見ながら満足そうに頷く。


「個性的で、非常に楽しみな生徒会だね」


 絶対的カリスマ王子である月日に、トップオブ陽キャで盛り上げ役の大輔。

 今では氷の女騎士と呼び名までついてしまっている累に、地味モブ一香と、なかなか濃いメンバーだ。

 校長は握手しながら、頑張ってねと声をかけてくれる。


「それで、さっそく問題が起こってね……」


 月日のまぶしすぎる笑顔に鼻血を出した校長は、鼻に詰め物をしながら向き直る。


「実は、生徒会の顧問だった吉村先生が、急に体調を崩してしまって」


 初めて聞く話に、四人はざわつく。校長は続けた。


「先生の体調を考えて、産休に入る予定を早めることにしたんだ」


 それを聞くと、大輔が驚いた声を上げる。


「時々具合悪そうにしてましたけど……お腹に赤ちゃんがいたんですね」

「生徒たちには追って発表する予定だったんだけど」


 校長は顎を撫でながら、少々困ったような顔をした。


「放課後までには、代理の先生を決めるからね。安心しておいて」


 いきなり顧問不在で発足となった生徒会だったが、放課後に事件が起こるとは、誰も予想をしていなかった。




「そういえば、一香くん、今日の放課後に告白するんだってな」

「えっ、はああああっ!?」


 大輔の言葉を聞くなり、月日は椅子を後ろに吹っ飛ばしながら立ち上がっておどろいた。

 生徒会室に、椅子が転がる派手な音が響く。


「待って待って! 放課後って今よっ!?」

「そうだな。あれ、月日はなにも聞いていないわけ?」


 てっきり知っていると思ったのに、と大輔はきょとんとしつつコーラのふたを開けた。


「ぜんっぜん聞いてないわよっ! 初耳よっ!!」


 月日はバンバン机をたたく。


「お前に言ってないってことは……」

「いやあああ、累に告白するんじゃないのっ!?」


 月日は今にも文字化けしそうな勢いで灰になりかけた。


「月日、落ち着けって。そうとは限らないって」


 大輔になだめられても「いやあああああ」と小さな悲鳴が止まらない。ティムを握り締めたが、わたわたするばかりで目に涙がたまってきた。


「ほらぁ、言ったじゃないの! だって累はかわいいもの! みんな好きになっちゃうって!」

「泣くな叫ぶな!」


 とその時、窓の外から意を決したような一香と累がやってくるのが見える。


「うっ、ううううっ! 一香、許さないわよ!」

「叫ぶな月日、一香くんを倒そうとするなっ! たのむからっ!」


 大輔に後ろから羽交い絞めにされて口を押さえつけられながらも、月日は絶妙に暴れて大輔の腕をかいくぐろうとする。


「きゃあっ!」

「うわっ、痛っ!」


 押し問答しているうちに、二人ともバランスを崩す。

 落としそうになったティムを両手を伸ばして掴んだ拍子に、月日の胸元に大輔が倒れこんだ。


「ちょっと、離れてよ大輔! 暑苦しい!」


 離れようとした大輔の髪の毛が、月日の制服のボタンに絡まった。


「いてててててっ! 引っ張んな、髪の毛が……!」


 ガチャッと音がして生徒会室の扉が開く。

 一香がだだだだっと走ってきた。


「待って、花笠くん――!」


 彼の後ろから、必死な様子の累が一香に手を伸ばしながら入ってくる。累の手を振りほどき、一香は月日に近寄って片膝をついた。

 瞼をきつく閉じながら、月日に向かってさっと右手をさし伸ばす。

 なんだろうと大輔も月日も目を見開いた瞬間――。


「十条先輩! 俺、あなたのことが好きですっ!」


 累はあちゃーと唇をかみながら、空を掻いた手を下ろした。


「は、はい……?」


 大輔を胸に抱いたような形の月日は、ぽかんと口を開けてしまった。もちろん、大輔も目を丸くしたまま動けないでいる。

 しばらくの沈黙ののち、月日が口を開いた。


「えっ……一香の告白相手って、俺?」


 一香がすぅ、と息を吸う。


「俺、先輩に憧れてて。先輩のことを考えると胸がドキドキするんです。ネットで調べたら、それは恋だって――」


 累がげっそりした顔になる。


「花笠くん、たぶんそれ違――」

「違わないよ、山田さん。応援してくれるって約束したじゃないか」

「したけど……」


 累がなんとも言えない表情をしているのが見える。月日は困惑した。


「ちょっと待て、落ち着きたいんだけど」


 目をつぶっていた一香はやっと目を開ける。そして、月日と大輔が抱きあっているのを見るなり絶句した。


「――っ!」

「おっけ、わかった。二人でやってくれ、俺離れるから!」


 言いながら大輔が絡まった髪の毛をほどこうとするが、なかなかうまくいかない。

 困っている大輔に手を差し伸べている月日を見た一香は、わなわなと震えだした。


「し、し、白川先輩! もしかしてあなたまで十条先輩のことが好っ、好きってことですか!?」


 この状況を、一香は斜め上に解釈した。累はドン引きして一歩後ろに下がる。大輔がきっとしながら一香をにらみ上げた。


「どう解釈したらそうなるんだよ!」

「抱き合いながらちちくりあうなんて、いやらしいです!」

「ちちくりあってねーよっ!」


 大輔が怒りながら身体を起こそうとしたが、まだ髪の毛の絡まりが解けていない。

 月日は大輔を抱きしめながら半身を持ち上げる形になったが、一香の言うまさしくいやらしい恰好に見えなくもない。


「一香、落ち着いて。大輔と俺はそういうのじゃなくて――」

「でも、俺のほうが十条先輩のこと好きですから!」


 どや顔で言い放った一香に、月日は「聞いてよ!」とツッコんでしまった。大輔は怒りすぎて額に青筋が浮かび上がっている。


「おい、だから勘違いすんなって。俺はこいつのこと好きじゃねーし、月日は累ちゃんのことが好きなんだよっ!」

「大輔、なにをぺろっと秘密ぶちまけてるんだよ!」


 今度は月日が半分悲鳴交じりに大輔に怒りはじめる。


「秘密もなにもねーだろ、すでにふられてんだっ、ぐはっ!」


 冷静さを失った大輔を止めようと、月日が大輔を抱え込み、累が一香の両耳を手で押さえた。かつてないほど、生徒会室がカオスになっている。


「黙ってってば、大輔!」

「だけど累ちゃんはセイメイ――」


 その時。


「うぃーす。みんな揃ってるか?」


 生徒会室に緊張感のない声が響く。


「吉村先生の代わりに生徒会顧問に任命された、高橋先生の登場だぞー。みんな拍手―……」


 細身のブラックスーツに身を包んだ、スタイリッシュな青年が入ってくる。

 眼鏡のふちを持ち上げながら、殺伐とした雰囲気の生徒会室を見渡すなり、高橋晴明ことセイメイは目をしばたたかせた。


「……あれ? 修羅場?」

「こ、こ、顧問っ!?」


 まさかの恋敵の登場に、月日はばたんと倒れた。


 新生徒会の困難と混乱が、今始まる――。

 




 ▽TO BE CONTINUE? 

 ▽END?





 おわり

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