第34話



 *



 その日の放課後、生徒会役員たちに大輔から召集がかかった。


『そろそろ書記を決めます!』


 ということで、月日は生徒会室に向かっていた。

 告白を断っているのが一定数効果を発揮しているようで、最近では放課後に告白されることがめっきり減っていた。

 それでも不意打ちで伝えてくることや、突撃するような新手の告白スタイルもあるが、おおむね上々だ。


(これなら、累もきっと褒めてくれるわね)


 三人で会議をするのが久々だったため、月日はワクワクしながら累の到着を待っていた。


「こんにちは」

「どうしたの、ジャージなんて着て? まさか体育の補講!?」


 入ってきた累を見るなり、月日は悲鳴を上げるなと言われたことが頭からすっこぬけて、累の姿に声を上ずらせる。


「制服が濡れちゃったので」

「まさか水遊びしたの!? まだ寒いじゃない! 風邪ひくわよっ!」

「するわけないじゃないですか」


 本気で風邪を心配し始めると、累はあきれたように椅子に腰を下ろした。カバンと一緒に手に持っていた紙袋から、ちらりと制服が見える。


「……累ちゃんさ、水、もしかして誰かにかけられた?」


 大輔の鋭い質問に、累はグッと言葉を飲み込んだ。


「……やっぱり。累ちゃんも嘘つけないタイプだよね」


 大輔が困ったなと言っている脇で、月日が両手で口元を抑えた。


「ええええええええええええっ! イジメじゃないのっ!」

「違います!」


 初めて累が大きな声を出したので、月日の悲鳴がすっこんだ。


「累ちゃん落ち着いて。月日、お前も座れ。そして黙れ」

「……うっ……」


 大輔が怒ると怖いのを知っているのは、この世の中で幼馴染である月日だけだ。

 いつもはムードメーカーなのだが、怒らせると大輔以上に怖い人間はいない。


「累ちゃん、大丈夫なんだな?」

「もちろんです。クラスメイトも助けてくれました」

「あの、田島さんっていつも一緒にいる子?」

「沙耶香もそうですが、花笠さんという子もとっさに手を差し伸べてくれて」


 大輔の神妙な顔が少しだけ緩まる。


「とりあえず、制服も乾いていませんので、仕事が終わったらこのまま帰ります」


 この話題はもう終わりです、と累は自ら話を変えた。


「ところで今日は、書記を決めるんですよね?」

「そう思って招集したんだけど」


 さくっと終わらせる必要があるなと、大輔はエントリーシートの束を机の上にどさっと置いた。


「決まんないんだよね。これだけエントリーしてくれたのに、みんな下心が見え見えで」

「ワタシのせいよね、ごめんなさい……」

「別に、全部が月日のせいってわけじゃないけど」


 月日もシートをチェックしたが、この人じゃなきゃダメだ、という人物を見つけることはできなかった。


「っていうわけで、累ちゃんの意見を聞いて話し合おうと思ってて」

「私の意見ですか?」

「そ。同級生がいいとか、推せる人材いない? 田島さんでもいいんだけど」

「沙耶香は、生徒会には入りたがらないと思います。推しは遠くから観賞派とか言ってましたから」


 それを聞くなり、大輔は「なら無理だな」と腕を組む。


「なら、花笠ってクラスメイトを、生徒会の書記に推薦するのどう?」


 累はきょとんとした顔になる。


「あの人を、ですか?」

「そう。累ちゃんに危害を加えない人物は、現時点で二人。そのうちの一人がNGなら、もう一人しかいない」

「そうね。ここは、累の味方を増やすべきだわ」


 大輔が続けて口を開く。


「花笠さんの下の名前はなんて言うの?」

「一香です」


 大輔はニコッと笑った。


「よし、ではその花笠一香さんを、書記に推薦で決定。累ちゃんに優しくできるところが採用ポイントってことで」


 明日、本人に話してほしいと大輔が頼むと、累は首を縦に振った。


「では本日はこれにて解散。月日は累ちゃんを送ってから帰れよ」


 書類は作って顧問に渡しておくからと、大輔は月日と累にさっさと帰るように促す。

 一人で帰れると言いたそうな累の手を引っ張って、月日はカバンを肩にかける。


「大輔、あとはお願いね!」

「まかせろ~。じゃあまた明日な」


 累と一緒に生徒会室をでると、じめっとした空気が肌にまとわりついてきた。


「……累。ワタシが水をかけた子たちに直接言いに行くわ」


 自転車を押す累の横に立ちながら、月日は提案する。しかし、即座に首を横に振られた。


「悪手でしかありません」

「そうかもしれないけど、やってみないとわからないわ」


 累は無駄だと言いたそうな顔になるが、月日は引き下がらなかった。


「あのね、ワタシだってあなたのことを守りたいの」

「自分の身は、自分で守れます」

「そうね。でも誰かの力が加わればレバレッジが利くでしょう?」


 言うと、累はやっと月日を見てくれた。


「大事な後輩に水をかけられて、黙っていられるほどお人よしじゃないのよ、ワタシも」


 今まで月日が告白を断らなかったのも、取り巻きたちに厳しくなかったのも、実害がほとんど起こらなかったからだ。

 だが、こうなってしまったら違う。

 相手が累だったからではなく、やってはいけないことをした罪は、きちんと認めるべきだ。


「今度こそ、ワタシにまかせて」

「……すごく心配なんですけど」

「大丈夫。ワタシの美貌をなめないで」


 格好良い言葉で締めくくりたかったのに、つい口をついて出たのはそんなセリフだった。累がうさん臭い目で月日を見たのは言うまでもない。 

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