第32話
*
――また今日もだ。
累は朝からうんざりしながら、靴箱前で半眼になる。
これで、八回目になるだろうか。
「いい加減、面倒くさい」
いったん収まったと思った上履きの拉致が、このところまた再発していた。
しまうのをやめていたのだが、またいちいち上履きをロッカーから出し入れする生活にしたほうがよさそうだ。
だいたい、上履きを隠されたくらいで、へこたれる累ではない。
しかし、こうも頻繁になくなると、面倒極まりないと思う気持ちはある。ロッカーにしまえばいいものの、玄関から教室まで靴で行くのも目立つ。
「予備を生徒会室に置いておこうかな……駐輪場もそっちだし」
どこのゴミ箱から出てくるかわからない上履きを探すのは、今日はいったんやめにした。
スリッパを借りて教室に向かうと、沙耶香がふんぞり返って累を出迎える。
彼女の手には、累の上履きが握られていた。
「……おはよう、沙耶香」
「おはよう累。これ、拾っておいたから」
「ありがとう」
受け取ってそれを履いたところで、沙耶香が両手を腰に当てる。
「累、いい加減に怒ったら!?」
「怒って止めてくれるんだったら怒るけど。私がどんなリアクションしても、相手の思うつぼな気がする」
累は自分の机まで行って鞄を机の脇にかけ、椅子に座る。追いかけてきた沙耶香は、すぐさま自分の椅子を引いてもってきて、累の机に肘をついた。
「そりゃあそうかもだけど……だからって、ひどくない?」
「そうだね。これから、下駄箱以外にしまうようにするよ」
沙耶香はいまだに心配そうな顔をしている。
生徒会に指名されてしばらくは、累の存在はほんの一部の人間しか認識されていなかった。そもそも、名前のせいもあって大半が男だと思っていたらしい。
女子だと騒ぎになったものの、地味だったのもあってみんな相手にしてこなかった。
しかし、モールで月日をかっさらっていったことが話題となるや、「山田累」の名前はこの学校で有名になってしまった。
累は身長も高く、地味なわりには目立つようだ。
飄々とした態度に、誰これかまわず氷対応なのも相まって、反感を覚える人たちと、興味を持つ人たちとで二分化している。
そして、生徒会に指名されたことを快く思っていない一部の人間から、無駄にやっかみを買ってしまっていた。
和解したり、誤解を解けたりしたのはほんの一部だ。
それほどまで、十条月日という人間はこの学校内で絶大な人気らしい。
(……本人、めちゃくちゃ乙女なのにな)
累の知る月日は、ちょっぴりビビりで、可愛いものが大好きで、ティムをいつも握りしめている人だ。
けっして、王子様などというあだ名が似合う人物ではない。
思い出せば思い出すほど、月日の可愛い笑顔しか浮かんでこない。
「ねぇ累、無理しないでね」
沙耶香に話しかけられて、累は月日の素の笑顔を頭から追い払った。
「大丈夫。沙耶香がいてくれるから」
「そりゃ、友達だもん。いつでも頼ってよね」
ただただミーハーなだけの沙耶香は、月日に告白しようとは思わないらしい。
推しは遠くから愛でるに限るなどと言っているため、累にとってはありがたい存在だった。
ホームルームが終わり、移動教室の準備を済ませた。
生物室に教科書を置いて、累はトイレに向かう。
三年生の教室に近かったため、トイレの中数名の先輩たちがたむろしている。
彼女たちは、累を見るなりぎょっとした顔をした。累が個室に入ると、ヒソヒソ何か話しているのが聞こえてくる。
嫌な予感がした。そのまま中で立っていると、人が動き始める音がする。
(別のトイレに行こう……)
そう思った時、上からホースが伸びてきた。
「え?」
見上げた瞬間、盛大に水が降り注がれる。それを避けていると、バケツの水がざばんと降ってきた。
「――っ!」
さすがにバケツの水までは避けきれず、びしょ濡れになってしまった。
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