第29話

 翌日、朝から大輔が月日の元に駆け寄ってきた。


「大輔おは――」

「来て」


 興奮している様子の大輔に、月日は眠れなくて痛む頭を押さえた。


「なに、大輔。ちょっと寝たかったのに……」


 大輔は階段下の踊り場に月日を連行するなり、両肩に手をどしっと載せてきた。


「おいおいお前。累ちゃんに助けられたって、めっちゃ噂になってるぞ!」

「え、そうなの!?」

「女子たちが大騒ぎ。言い争いになっていた女の子たちを、累ちゃんがとどめの一言で撃退し、王子を連れ去ったって。まさかの女護衛騎士さま登場だって」


 累の行動が発端で、「王子を助ける女騎士」の妄想を膨らませる腐女子の、新しい派閥が出来上がったらしい。


「なにそれ……恥ずかしいっ!」


 月日は両手で顔をおおい隠した。

 自分でもあの後そう思って胸をときめかせていたとはいえ、人から言われるのがまさかこれほど恥ずかしいとは。


「累ちゃんの株が上がって、ファンになる女子たちも急増しているらしいぞ」

「ええええええええっ!? どういうことよ!?」

「まあ、累ちゃんイケメンだもんな、行動が。それに、背も高いし顔も整っている」


 月日はなんだか自分でもよくわかっていないが、身体がわなわなと震えた。


「あの子は宝石の原石ってやつだよ。それに気づいた男子たちも、水面下で騒いでいるぞ」


 たしかに累はかわいい。笑うと特に。

 でも、それを知っているのは自分だけだと思っていたのに。


「累が、目立っている……!?」

「磨けば確実に光る逸材。クール系美女ってことで、彼女にしたいと思う男子もいっぱい出てきてて……」

「彼女ぉ!?」


 大輔が月日に迫ってくる。月日の肩を掴む指先に、力がこもった。


「ぐずぐずしてると取られるぞ」

「そ、それはダメ……累のことを、ワタシまだちゃんと全部知らないもの」

「まさしく恋だな」

「こんなに胸が痛いのを、恋って呼ぶの?」


 大輔はくすくすと笑い始めた。


「そりゃ、いろんな好きがあるだろうけどさ。心臓が締めつけられるような気持ちを、恋って言わないならなんなんだよ?」


 月日は固まった。

 累を思い出せば出すほど、心臓が痛い。

 話ができればうれしいのに、できない日は寂しい。気がつけば校舎の中で累を探し、生徒会室に彼女がいると、嬉しさとモヤモヤが同時にやってくる。


「苦しいなんて、知らなかったわ」

「少女マンガで予習済みじゃねーのかよ。まあいいや、やっと気がついたんだから」

「え、大輔はわかっていたの!?」


 そりゃあな、と大輔は肩をすくめた。


「前も言ったろ。月日は鈍すぎ」

「ええええっ、なんでどうして!? いつからよ」

「お前、累ちゃんにだけむやみやたらと突っかかるし、すぐ感情的になるし」


 それは、累に本性を見られたからだと言おうとして、月日はやめた。

 これ以上、自分の気持ちを素直に認めないのはみっともない。


「意地悪……恋しているって教えてくれたらよかったのに」

「自分で気がつかなきゃ意味がないから、あえて言わなかったんだよ」


 月日はそれもそうね、と息を一つ吐く。

 好きを認めてしまえば、一気に心がそれ一色に染まっていくようだ。


「いいじゃん、累ちゃん。月日の本当を知っても動じず、それどころか、ものすごいイケメンっぷりを発揮しているし」


 さすがに、昨日の累はイケメンすぎたと月日も思っている。


「どうしたらいいのかしら。なんか、累とまともにお話しできない気がする」

「それは、自分で頑張るんだな」


 チャイムが鳴ったので教室に戻り、着席しつつ昨日の累のことを思い出す。

 鏡を見なくてもわかるほど、自分の頬が熱くなっている。絶対に赤いに違いない。ぶんぶんと頭を横に振って、膨らむ気持ちをいったん追い出した。


 累のことが好き。


 恋心に気がついた月日は、だからといって気持ちが晴れるわけではなかった。


(こんなにドキドキするの、恋って……?)


 恋は、まるで少女漫画のような、キラキラエフェクトがかかったものを想像していた。

 しかし、こんなに感情がせわしなく動き回るものが恋だとは。


(待って~~~想像と違いすぎるわっ!)


 月日は気が気じゃなくなってしまい、顔を真っ赤にしたままの午前中を過ごした。

 教師にも発熱しているのではと心配されたのだが、授業を休みたくなかったので平気なふりを装う。

 しかし昼休みになると限界になってしまい、保健室で仮眠をとることにした。

 顔色の優れない月日を見るなり、保険医の先生は眉を寄せる。


「十条くん。悩みがあるなら、相談に乗るわよ?」


 月日は寝不足ですとだけ答えた。


「寝不足はお肌に良くないからね。先生は職員室に行くから、留守のプレートにしておくね」

「わかりました」


 ベッドに入り込もうとしたところで、先生が戻ってきてニコニコと微笑んだ。


「はい、これ。あげるわ。早く元気になってね」


 渡されたのは、紙パックのイチゴ牛乳だ。差し出されたそれをまじまじと見つめて、月日はお礼を伝える。


「ありがとうございます」


 ひらひらと手を振って、先生はカーテンを閉めて出ていく。保健室の電気が消されると、月日はベッドにドサッと倒れ込んだ。

 清潔なシーツの香りがして、すぐにうとうととしてくる。


「累はお昼をちゃんと食べているかしら?」


 瞼の裏に焼き付いた累の小さな笑顔を思い出していると、月日はいつの間にか眠っていた。

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