第26話
「先輩がやったのならあなたのことを嫌いになるし、腹が立つので三発くらい殴ります」
「殴られるのはお断りするわ」
「でも、先輩がやったんじゃないなら、先輩を責めたり恨んだりするのはお門違いです」
だから、と累はご飯を飲み込む。
「先輩のことが好きな人がいたとして……一緒にいる時間がたまたま多い私のことを、勝手に恨むのも攻撃するのもお門違いです」
凛とした彼女の声に、月日は押し黙った。
「そんなことに屈しませんし、いちいち相手してる暇ないですよ、めんどくさい」
「……大丈夫なの、累?」
「まだ心配してくれるんですか?」
月日は自分の弁当箱も開けられず、うつむき気味に座ったままだ。
「先輩。私はこれぐらいでめげません。だてに男兄弟の中で育ってませんから」
まだなにか言いかける月日の口に、累は厚焼き玉子を押し込めた。
「美味しいわ。甘いのね」
「食べないなら、先輩のお弁当も私が食べますけど」
「わかった、食べるから!」
月日はやっと自分の弁当箱を開いて食べ始める。
それでも累のことが気になってしまって、なんだか味がしなかった。
「ごめんね、累……」
「先輩が謝ることじゃないですよ。やった本人たちが悪いんです」
見ている限り、累はいたって冷静だ。
ついでに言えば、言葉通り本当に気にしていないようだ。そのうち上履きもどこかのゴミ箱から見つかると呑気に考えている。
月日は胸が締め付けられた。
どうしてそんなことをするのかと、悔しさと悲しさで涙が出てきそうになる。
「ごめん、累……」
自分が招いたことだと、誰に言われなくても月日自身が一番わかっていた。
累がティッシュを渡してくれ、月日は涙をぬぐった。
「十条先輩」
「うん?」
「私に申し訳なく思うんだったら、次からは徹底的に振ってあげてください」
まだ涙で瞳を潤ませる月日に向かって、累は力強く頷く。
「たまには思い切り傷つけることも、悪者になることも、嘘をつくことも必要です。恋って、そんなにきれいなものじゃないです」
累は麦茶の入ったカップを見つめた。
「現実の恋って、夢物語できれいごとだけじゃない。だから、私みたいなモブキャラだって八つ当たりされるし、攻撃されます」
「累……」
「本当に先輩のことを愛してるなら、先輩の幸せを願えるはず。そうじゃないのだから、恋愛は、想像する以上にきれいなものじゃないです」
月日が瞬きすると、涙がポタっと落ちた。
今まで、傷つけないように当たり障りのない返事が一番だと思っていた。
しかし間違った月日の優しさは、こうして実害となって、自分の周りの人に返って来た。まるで、月日を戒めるように。
「……恋ってなんなのかしら……?」
累は首をかしげる。
「それがわかったら、誰も苦労しないですよ。私に申し訳なく思うなら、先輩は王子をやめて、ちょっとは悪者になってください」
「うん」
「恋する乙女たちに、このままの青春を過ごさせるつもりなら、王子のままでいいですけど」
覗き込まれて、月日は首を横に振った。
「……あなたに意地悪するような日々を、その子たちに過ごさせるつもりはないわ」
その言葉を聞くと、累は微笑んだ。
「累もよ。あなたにも、意地悪される学校生活を送らせるつもりはないから」
「信じますね、先輩のその言葉」
累は時計を見て、そろそろ帰りますと立ち上がった。
笑顔で手を振って去って行く後ろ姿を見送ってから、月日はぎゅっとこぶしを握り締めた。
「このままじゃダメだわ……」
彼女に嫌な思いをさせている原因が自分にあるうちは、彼女のことを守れないうちは、好きだなんて言ってはいけないような気がした。
「どうしてワタシって、こんなに中途半端なの……?」
ずっと自分の中にあった「好き」にも気づけないなんて。
「――ちがう、臆病なだけだわ。怖いのよ」
傷つくことが怖い。
それは逃げる理由には十分だけど、だからといって相手を傷つけていい理由にはならない。
月日はさらにきつくこぶしを握り、唇をかみしめた。
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