〈17-2〉

「まだ魔力は残ってる?」


「わからない…」


「まあ、とりあえず撃ってみて」


誠はもう、考える気力を失っていた。放心状態のまま、45口径が石碑に構えられる。腕の先にある無機質な鉄の塊を眺めた、最初見た時よりも塗装含めて劣化しているように感じた。もう、あと1発でも撃ったら砕けてしまいそうだ。


ザアッ…と、丘の草原を冷気がいたずらに通り過ぎる。


集中する、残りカスのような魔力を体中からかき集め大きなエネルギーを作るイメージを反芻し、瞳がそれに応え煌々と炭酸のような粒子を舞い踊らせる。ぶっ壊れそうな回転式拳銃がシリンダーでそれを受け止めようと奮起する、そしてトリガーに指をかけた。


「ウェイン…頼むよ」


もう心身疲れ果ててしまった、そんな声で囁いた。瞬間、口径から太く大きな光りの筋が一度放たれ、それは清治の真横を掠める。見事、石碑に命中していた。


「お!」


清治の嬉しそうな声があがり、ビシンッと音が鳴る。間もなく、石碑の中心にヒビ割れがクモの巣のように広がると呆気なく大破した。大きな石の破片達が光の粉を立ちのぼらせながらガラガラ崩れ落ちていく、忌々しいとされる封印の石碑はついに壊れてしまった。


「いやあーっ素晴らしい!最高!」


この功績に拍手が打ち鳴らされ、業らしい賛辞が送られた。屋敷上空の星々が花火のように四方八方弾けて消え去る。それを見届けるように誠は夜空を仰ぐ、安堵で瞳から一筋の涙がこぼれた。手に握られたリボルバーも、役目を果たしたのか鉄とは思えない速度で塵となった。魔力を受け止める酷使に耐えきれず、蒸発したのだ。


「あれ?なんだよ、全然だめじゃん」


怒気を帯びた声に誠の体はビクついた、その方を怖々見つめる。覗き込むような清治の顔がすぐ傍にあり、情けない悲鳴をあげた。物腰の柔らかい笑みを浮かべながら、しゃがみ込んでいる上目遣いのサラリーマン。しかし、その体はどうしてか半分透け始めている。


「君達の望み、叶えてあげてもいいよ」


「…ッなに」


「その為に、条件を呑んでくれるなら」


誠はそれを怪訝に思い、目を伏せた。


「ははっ…警戒しないでくれよ。この世界での約束は、契約でもある。約束をした者達の力の大きさに関係するが、とても強力なんだ。破るなんてことしたら面倒なことになる。だから承諾したら、絶対に守るつもりだ―――。」


「何をしろと」


「各地にある石碑を全部、壊して欲しい。ひとつ壊せばいいと思ったんだが違っていた…時間稼ぎも含めて計算されていたんだ。小賢しいよ。そして僕らは結局、まだ残った石碑を渡り歩くしか出来ないわけだ」


清治は溜息を吐いた。


「おまけもつけよう、何があっても君達の家族には当分手を出さないでいてあげるよ。僕らはね」


解放するまでは手を出さない、だがその後は?この提案に誠も裏側に回ったウェインも迷っていた。


「どうする?良い条件だろ」


「けど…その封印の勇者が、能力を持っているかぎり無駄になるんじゃ」


結局、一緒なのではと誠は思った。

しかし清治は、その返答に真顔で吹きだす。


「僕の力は戻っていないけど、異世界は力の一部を取り戻している」


そう言いながら立ち上がり背後を振り返る、壊された石碑の残骸の上で少女は神々しく光を放ちながら浮かび上がっている。誠は、その異様さに目を奪われてしまった。


「彼女が…異世界?」


「そうさ。ちなみにあの姿は、僕を連れてきた神のイメージを取り込んでいる」


異世界そのもの、つまり彼女はこの世界全てを司る神以上の存在。

清治はゆっくりと頷く。


『誠くんの言う通りだ、約束の前に生き残ってる勇者の〈異世界スキル〉をぜーんぶ回収しちゃおうか』


再び声が重なり、言い放つと指が打ち鳴らされた。夜だというのに、世界は真っ白い輝きに包まれた。空も、山も、街も、全てを巻き込みながら白昼夢のように覆っていく。その激しい目映さに、誠はうずくまる。能力の回収、つまり異世界が授けた力の返却。勇者達の弱体化であった。


「あーっスッキリした。神になった段階でやっておけば良かったよ、あの時は舞い上がっていたんだろうね…いやあお恥ずかしい」


光がやんだようだ、目を閉じたまま清治の声に顔だけをあげ反応を示す。


「…回収してもこの封印は消えないのか。これも一応、契約の一部なのか…それともスキル以外の力も行使されているのか…忌々しい。早く、目的を果たさなきゃならないのに」


独り言が聞こえ、誠は視界をこじ開けた。すると、清治の姿はよく凝らさなければ見えない程まで薄まっていた。少女の方はまだくっきりしていて、相変わらず浮遊したままこちらを見つめている。


「目的ってなに…」


誠のそれは、もうただの好奇心からくる質問であった。清治はもう喋らなかったが、上空の主は答えてくれた。琥珀の瞳が優しく笑い、発せられたその声は透き通るように穏やかで―――


『―――始まりの世界と、異世界を繋げる。』


頭の中に語りかけてきた。意味がわからずまばたきだけを繰り返す、そして彼女はそのまま言葉を紡いだ。


『清治の息子の誠、そしてあの電車に乗っていた他の転生者…彼ら全てが目的達成のための鍵』


どういう事なのだろう、まだ情報が少なすぎて理解ができない。


『また石碑を壊してくれたら教えて上げる…だから、約束しよう』


異世界は誠の傍に降り立った、地面に光の波紋が広がる。淡い光が足下のタチキリ草の花をいくつか照らしていく。雪がまた、ちらつき始めた。

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