第17話

船体に衝撃が伝わる。傾く船の中、海賊たちは怒号を飛ばしながらそれぞれ近くにしがみついた。

「まずいね…どうも今回は凶暴じゃないか」

キャプテンが笑いながら呟く。

「逃げ切ることに全力を注げ!」

マストが次々に折りたたまれ始め、舵は三人ほどが必死に方向を定めるべく握っている。

「こんな大きい化け物がいるなんて…」

アザハがよろめいて立ち上がりながら、ダイオウイカの巨体を見上げる。

「追撃来るぞ!」

船体の大砲から轟音と共に砲弾が打ち出される。少々怯んだ様子を見せたが、触腕は振り下ろされ始めていた。シヴァドは咄嗟に剣を抜いて電撃を切っ先から放ち、触腕に直撃させた。ダイオウイカの全身は一瞬硬直した。そのすぐ横から衝撃波が放たれ、触腕を完全に押し返した。

「客人。我々の目的はこの海域を抜けることだ」

スーツの男が、隣でワンドを構えている

。「魔法が使えるようだな。俺と船底に来てくれるか」

言われるがまま、シヴァドは男についていった。俺はポケットの内側で、先ほどの光景を思い出していた。もう一度あれと同じようなことができれば、船全体の様子を把握できるかもしれない。

「推力の基本となるのは帆と乗組員のオールだが、どちらも使えない場合は魔法球を用いる。稼働には専用の魔法が必要だが、魔力が足りない。供給を頼む」

船底の船尾付近の小部屋に、木の枠で囲まれた半透明な紫の球が高速で回転し始めている。

「分かりました」シヴァドは剣を構えた。

「上にもあるが、それはマストが完全に折れたときのための備えだ。今回はこちらに供給してもらう」

男はワンドの先端で球に触れ、シヴァドは剣の腹を男の背に当てた。光が迸って狭い部屋を満たす。

「時間が必要だ。あとは甲板が持ちこたえてくれるかどうかだ」

いいことを聞いた。今ならそちら側も見えるかもしれない。球を凝視する。


「やめときな!客人!」


豪雨が打ちつける音に混じって、キャプテンの声が聞こえる。

「大丈夫です!」

アザハが一人で、何か大きな板を背負ってマストを登っている。暴風に遮られる中、一歩一歩確実に高い位置に移動し続けて、ある高さまで来て止まった。

「逃げ切ればいいんでしょう!無茶はしません!」

キャプテンが返事をする前に、触腕が風を切ってアザハに向かってくる。アザハが背負っていた板を触腕に向けて構える。

「客人!」

キャプテンが叫ぶ。アザハはマストを垂直に蹴って跳び、その勢いのままに板を腕に突き刺した。背中には銛を背負い、腰に命綱のように縄を繋いでいるのが見える。触腕を滑り降りながら銛を構える。ダイオウイカはその腕全ての力を船からアザハに向かわせようとしていたが、遅すぎた。

アザハが速度の乗った銛を、ダイオウイカの巨大な眼球に突き刺した。

凄まじい唸り声であたりの水面を震わせながら、ダイオウイカが全身を硬直させる。アザハが弾き飛ばされた。胴体の縄のもう片方の端はマストに括りつけられている。高速で縄がマストに巻かれ、マストを中心にアザハが円を描く。

「無茶をするね…!」

キャプテンが駆け出した。縄が切れる。空中で遠くまで吹き飛ぶはずだったアザハが、突然軌道を変えた。キャプテンが手をかざして、ゆっくりアザハを手繰り寄せている。

「簡単に自分のことを捨てるもんじゃないよ」

キャプテンはアザハを抱えてそっと下ろした。

「怪我はないね?」

「はい!」

船体が大きく加速し、ダイオウイカも巨大な触手をぐらぐらと動かしてその場を離れてゆく。

「供給した。しばらく魔力が尽きることはないだろう」

ネクタイを締めながら男が呟く。シヴァドは剣を鞘に納めた。

「俺も体よくサボることができた。お前は寝てくれ」

無表情に見えて、少し安心したのが伝わってきた。男は階段を登りはじめ、シヴァドもその後をついてゆく。

「ありがとう。えっと…」「スキラーだ」

返事を待たずにスキラーは階段を登った。

シヴァドはトオガとクロナのいる船室をノックした。

「無事か?」

トオガは近くの桶でタオルを洗いながらシヴァドを見て尋ねる。横のベッドでクロナが寝ていたが、目はとろんとして眠そうだ。

「こっちはなんともねえよ。あとはアザハが無事かどうかだな」

「良かった…クロナも大丈夫?」

「うん。たぶん、大丈夫」

そう返事をして、クロナは微笑んだ。階段から足音が聞こえて、すぐにアザハが部屋に入ってきた。俺たちを見ると一気に安心したような表情になって、大きくため息を吐く。

「アザハ、怪我はしてない?」

「平気」

シヴァドの質問に短く答えて部屋を見回した。

「みんなも無事で良かった…」

そう呟いて、アザハはその場に倒れこんだ。

「アザハ!?」

トオガが駆け寄ろうとすると、穏やかな寝息が聞こえた。緊張の糸が切れてそのまま眠ってしまったらしい。結局俺たちは同じ部屋で深く眠ってしまった。

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