三千文字の花束を
@hosizoranotabibito
1輪目 想いの行き先
「優花ちゃん、ちょっとこっち来てくれる?」
閉店時間まで入っていたバイトが終わり、高校の制服に着替えようとした矢先に先輩から声が掛かった。
「なんですか? 茜先輩」
私、
通う学校は県内で一番成績の良い女子高であることに加え、文武両道、絹のような髪、容姿端麗という他ない目鼻立ち、たおやかな仕草。どれをとってもお嬢様と評するにふさわしい。
バイトでの働き具合だってそうだ。私と違って失敗しないし、ミスも無い
逆に私の失敗をフォローしてくれるし、苦手な接客の練習に遅くまで付き合ってくれる。
いつも私に優しくしてくれる、とっても大好きな先輩だ。
嬉しい事に茜先輩も私を気にいってくれているらしく、プライベートで遊びに誘われたりするし、バイトのシフトも一緒にしようってよく誘われる。
そんなこんなでバイト仲間から『姉妹』なんて茶化されるくらいには仲がいい。
「新しいスイーツを考えてみたんだけど、ちょっとアドバイス貰えないかなって」
「任せてください! 茜先輩の考えたスイーツなら大歓迎ですよ!」
私は二つ返事で快諾する、先輩の考えるスイーツはいつも可愛いし、センスに溢れている。
それに私でも役に立てる唯一の機会なのだから断る理由が無い。
「ありがとう。優花ちゃん味の調整が凄く上手いからつい頼みたくなるんだよね」
「やったー! 味の機微については得意ですから、いつでも頼ってください!」
出て来たのはロールケーキ、雪の如き純白のスポンジがふんわりとしたクリームと色とりどりなフルーツを抱え込み、頭にはココアパウダーを戴くシンプルながらも美味しそうな一品。
「うわー、とっても美味しそう! いただきます!」
まず舌に触れたのはふんわりあまいスポンジの味、続いて良い意味であまったるいクリームの味、そして適度に酸っぱく、カラフルですっきりした味を提供してくれるフルーツたち。
それに口の中で攪拌され随所で存在感を見せるココアパウダー、これのお陰で味が纏まりしつこすぎない後味が作りだされている。一言で表すなら、とても美味しかった。
「茜先輩、これすっごい美味しいです! 最初はココアが合わないかと思いましたけど意外な程にあってますね!」
私の言葉にほっとしたように茜先輩ははにかんだ。
「ならよかったわ。今回のテーマ的にどうしてもココアは外せなかったの」
「えーと、新スイーツのテーマは『恋心』でしたっけ?」
「そうね、これもそのテーマに沿ったものなのよ。これは恋する女の子の気持ちそのものなの」
「恋する女の子の気持ち?」
「クリームは柔らかで甘い恋の気持ちを、フルーツは想い人がくれる色とりどりの感情を」
頬を少しあからめ理由を口にする茜先輩。その仕草はとても乙女で、普段の淑やかな茜先輩からは想像できない表情だ。
「うわー、茜先輩ポエマーですね! その考え方可愛らしくて好きです! ……ん、でもココアはどんなイメージです? しかも純ココア使うなんて珍しい……」
純ココアは一般的な調整ココアと違って、カカオ本来の苦味が生きているのが特徴だ。
いつもこういうお菓子を作るときは先輩は純ココアより調整ココアのほうを好んでいたし、味を整えるにしても茜先輩は生地の方でいつも整えていたはず。
「……私が―――いえ、私の考える恋は苦いの。本来はとても甘いのに、きっと、ずっとこのまま苦いままなの」
茜先輩の表情はとても辛そうで、ただの想像とは思えない。
……もしかしたら、私の知らないような辛い恋をしているのかもしれない。
そしてこのお菓子は茜先輩の気持ちの再現なのだろうか。
そう思うと、途端に言葉が口をついて出る。
茜先輩には幸せになって欲しい、恋を成就させて欲しい。そんな願いが音の形を取る。
「でも。ウチの看板メニューのミルクティーとの相性を考えると、調整ココアパウダーのほうがいいと思います。砂糖が入った甘いやつの方がきっと合いますよ」
それだけ言って茜先輩の反応すら伺うこと無く、調整ココアを戸棚から出して何も掛かってない場所を切り分けココアをかけ。一口。
「柔らかで美味しい……」
うん、やはりこっちの方がいい。このケーキには優しく、甘く、あって欲しい。
甘みを引かせるような苦さなどこのケーキには欲しくない。
「ほら、先輩も食べてみてください」
茜先輩は私の行動に面食らいつつも皿を受け取り、口に運ぶ。
「……甘い。すごく、甘いわ」
「でも絶対これの方が良いですって! ウチの看板との相性もバッチリですし! 私としてもこっちのほうがいいです!」
「優花ちゃんはこっちの方が好きなの?」
茜先輩は困ったような表情で聞いてくる。
「はい、茜先輩は嫌いですか? 甘ったるいの」
迷いなく即答すると、茜先輩は困った顔を残しつつも笑顔を見せる。でも、どこか悲しげだ。
「ううん、やっぱり甘い方が良いわよね。私もそうだと嬉しいわ……」
茜先輩の余りにも痛々しい笑顔、私ではどうしようもないという事に辛くなって話題を逸らす。
「……そういえばこのケーキのタイトルはどうするんですか?」
先輩は胸のポケットからメモを取り出し、私に渡す。
「色々考えているんだけど、なかなか決められなくて」
タイトル候補と銘打たれたメモには可愛らしい名前が羅列されていた。
『
どれもこれも恋する乙女らしい可憐なタイトル、つい顔が綻ぶ。
「やっぱりロマンチックなタイトルですね! きっと届きますよ!」
「ありがとう。けれど、あの人は鈍感だから届かないかもしれないわ……」
私の言葉に茜先輩は寂しげに笑う。
その表情は悲しげながらも絶世の美しさで、芸術品のようだ。
茜先輩は私と違ってこんなにも美しい、それに性格だって文句のつけようがない。
それなのに何故想い人は茜先輩の想いに答えてくれないのだろう。
自分の事ではないけれど、少し頭に来てしまう。
「先輩にそんな顔させるなんて罪な人ですね! そんなに鈍感ならいっその事名前を直接入れてやりましょう! 朴念仁にはそれくらいしないと伝わりませんよ!」
茜先輩は私の勢いに驚き、次に言葉の内容に赤面を見せる。
「……でもこれ提供するメニューだから、それはちょっと、恥ずかしい……かな」
「あ……そうですよね……あっ! 先輩の想い人だけには伝わる暗号とかどうですか!」
「それは素敵ね、でもそんなロマンチックな物なんて─────」
言いかけると、茜先輩は何かに思い至り、名前の候補が掛かれたメモに何かを書き込む。
もしや想い人との思い出のキーワードか何かだったりするのだろうか?
野次馬根性でメモを覗きこもうとすると、先輩は咄嗟にメモを後ろ手に回してしまった。
「えー、見たーい! 見せてくだいさいよー!」
「こ、こればっかりは優花ちゃんにも見せられないわ!」
茜先輩は珍しく焦りを見せ、メモをやや乱暴にスカートのポケットに押し込む。
「と、とにかく味見ありがとう。また明日ね!」
それから言葉を言い終わらぬうちにそそくさと逃げて行ってしまった、少し寂しい気分だ。
「残念…… あれ?」
足元、メモ用紙が落ちている。さっき茜先輩が使っていたものと同じ色合いだ。
「はっはあ……茜先輩、乱暴にしまうからー」
茜先輩に少し悪い気もするが、好奇心には勝てない。私はメモを捲る。
くしゃくしゃに折れたそれには、やはり予想通りに新たなタイトルが書かれていた。
ただ一つ予想通りでなかったのは、その想いの行き先。
『
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