白石訳「猫の皿」

みのるしろいし

猫の皿

語り部:えー、毎度バカバカしいお笑いを一席。 お付き合いを願いたいと思います。

語り部:猫というのは古来から人気の動物ですな。

語り部:食肉目ネコ科ネコ属に分類されるリビアヤマネコという生き物が家畜化された種類が

語り部:現在世界で広く飼育されておりますイエネコの期限であると考えられておるわけです。

語り部:今回のお話の舞台となる江戸時代においても様々な種類がおったと言われております。

語り部:ただし、当時は現代のような家の中だけで飼うということが法律で禁止されとったんですな。

語り部:放し飼いのみ許されとったんです。

語り部:これがなぜかと申しますと

語り部:当時の街中にはネズミが溢れとったんですな。これを退治してくれるのが猫というわけですな。

語り部:退治かつ癒やしにもなってくれる猫は、かなり重宝されておったんですな。

語り部:まぁ、そんな猫に追いかけられるネズミは「キャッ」とでも言うとったんでしょうか。

0:【間】

語り部:さて、そんな江戸時代に旗師と呼ばれる人物がおりました。

語り部:旗師というのは古着・古道具を全国から仕入れて骨董屋や古道具屋に売る仲買人。

語り部:まあ、現代で良く言えば百貨店のバイヤー、悪く言えば転売ヤーと言う職業ですな。

語り部:その旗師、江戸を飛び出て西へ旅するものの

語り部:今回はめぐり合わせが悪いのか、なかなか値打ち物が見つからないようで。

旗師:はぁ・・・ひもじいねぇ。旅に出て7日。なにもない。

旗師:歩きっぱなしで喉もカラカラ。よし。あそこにあるお茶屋で一服していくか。

0:【間】

旗師:お邪魔します。

店主:邪魔するならお帰りください。

旗師:これは失礼しました。

0:【間】

旗師:っておい。

店主:アァ、これはこれは失礼。決まり文句かと思いまして。

店主:どうぞどうぞ、おかけください。

旗師:洒落の利いた店主さんだ。では失礼して。

0:【間】

旗師:(溜息)

旗師:あぁ、お茶を1杯

店主:申し訳ございません、只今水を足したところで少し時間がかかるんでございますが。

旗師:かまわないよ、急いでるわけじゃあないからねぇ。

旗師:ゆっくりやって。

店主:ありがとうございます、少々お待ちを・・・

旗師:(溜息)落ち着いたのはいいけれど・・・今からどうしたものか・・・

旗師:江戸にこの旗師を手ぶらで帰すことになってしまう。

旗師:全く、世知辛い世の中になったなぁ。歩いても歩いても何もないからなぁ。

旗師:前はちょっと歩けば2つ3つはあったものだってのに・・・。

旗師:あ~あ、どこかに良いもの無いかなぁ。

0:【間】

旗師:・・ん?猫がいるじゃないか。

旗師:皿に盛ってるエサ食べてらぁ。

旗師:つまり、ここで飼ってる猫か・・・。

旗師:ん!?猫がエサ食べてるあの皿・・・

旗師:・・・・!!!

旗師:・・・間違いない、あれ「高麗の梅鉢こうらいのうめばち」じゃないか!

旗師:適当な店へ持ってっても300両

旗師:好きなヤツなら500両で売れる代物だ。

旗師:オイオイ・・・そんなもので猫にエサ食べさせてるのか・・・!

旗師:値打ちってモンを知らんのは恐ろしいよナァ。

旗師:しかし、これはツキが回ってきたな。

旗師:まさかこんなところに高麗の梅鉢こうらいのうめばちがあるなんて思わなかった。

旗師:よし、店主をちょろまかして買い取ってやろう。

0:【間】

店主:おまたせしてどうもすみません。お茶でございます。

旗師:あぁ、すまないな。

旗師:(お茶を少し吹いて冷まし、飲む)

旗師:あー、美味しぃ。結構いいお茶だなこれは。ありがとう。

店主:お目が高くございますね。京にあります宇治うじの茶葉を使用しております。

旗師:そいつは良いお茶だなぁ。これから高値になる良いお茶だ。

旗師:ところで、あの縁台の下に猫がいるねぇ。あれは、お宅のところの猫かい?

店主:ええ、さようでございます。

旗師:そうかいそうかい。いやぁ。可愛いなぁ。

旗師:おい、ほら、こっち来い、こっち来い。

旗師:おー、来た来た。お?随分と人に慣れている猫だねぇ。

旗師:よしよし、よしよし。

旗師:お、膝の上に乗りたいのか?よしよし、ほら乗りな。

0:猫を膝に乗せる。

旗師:よし、乗った乗った。ハハハ

店主:ああ、いけませんお客様。お着物が汚れてしまいます。

店主:申し訳ございませんねぇ、お客様が来られるとすぐ膝の上に乗りたがるもので・・・

旗師:なに、心配ないさ。俺は猫が大好きでね。

旗師:ほら、ゴロゴロー、ゴロゴローって言ってるよ。

旗師;おぉ?どうしたぁ?今度はふところに入りたいってかい?

0:猫を持ち上げてふところに入れる

旗師:よいしょっと。よし、入った入った。

店主:あぁ、お客様。今は冬毛に切り替わって行く時期でございます。

店主:毛がびっしりついてしまいます。

旗師:心配することは無い。ネコ好きはそういうのは気にしないものだ。

旗師:店主さんも、猫が好き?

店主:いえ、取り立てて好きというほどでもなかったのですが

店主:店を開いた時に寄り付いた猫がお客様に好評になりまして、飼うことになったんです。

店主:その猫が友達の猫を連れてきたり、連れてきた猫同士が交尾して子どもを産んだり。

店主:そんなことを繰り返していたら、今では20匹ウチにおりましてね。

旗師:そんなにいるのかい!?しかし、どこにも見当たらないね?

店主:いえいえ、自宅はここではございません。この先にございまして。そちらで飼っております。

店主:帰ったときには私が恋しいのか大勢でウワーっと寄ってきまして大変なんですよ。

店主:朝、店へ出てくるときには違う1匹を選んで店に連れてくるんですな。

店主:そうすると、残された猫が恨めしそうな目で私のことを見るんですよ(笑)

旗師:ハハハ、そうかい(笑)

旗師:しかし奇跡だなぁ。こんなにも俺に懐いてくれる猫に出会えるなんて。

旗師:店主さん、この猫、すっかり俺に懐いてるしさぁ。貰えねぇかなぁ?

店主:え・・?それはご勘弁を、私も可愛がっておりますもので・・・

旗師:いや、そりゃそうでしょうけど・・・これだけ可愛い猫だよ?

旗師:可愛がってるのもわかるが、20匹も居たら大変でしょう?

旗師:それに、俺伴侶に先立たれてしまって家に一人なんだ。

旗師:その代わりに猫を飼っていたんだがその子にもこの間死なれちまって・・・

旗師:この猫と触れ合ってたら、その猫のことを思い出してしまって。生まれ変わりじゃないかって思うんだよ。

旗師:なぁ、頼むよ。良いじゃないか。こうやって懐いてるんだし・・・頼むよ。

店主:そう言われましても・・・・

旗師:そんなこと言わないでおくれよ・・・何もタダでとは言わない。

旗師:他の猫のエサ代も含めて置いていこう。ちょいと待て。

0:(ふところを漁る)

旗師:ほら、ここに3両ある。取っておいてくれないか?

店主:じ、冗談でしょう?こんな猫に3両だなんて大金・・・

旗師:なに、後で100倍以上になるんだから・・・

店主:へ?

旗師:いやいや!何でも無い何でも無い。

旗師:こんなに可愛い猫だ、3両でも安いよ。

店主:でも・・・3両ですとなんだか申し訳ない気がしますね。

旗師:構うことはない、これで俺が元気になれるんだ。あなたの猫たちにもいいエサが食べさせられるよ。

店主:さようでございますか・・・かしこまりました。遠慮なく頂戴いたします。

店主:その子のことをよろしくお願いいたします。末永く可愛がってくださいね。

旗師:大丈夫だよ、いじめなんかした日には上が黙ってないよ。

旗師:(猫に)よしよし、これから江戸でいいエサ食わせて可愛がってやるからな。

旗師:あぁ、そうだ。そういえば、この猫はいつもあの皿でエサ食わせてんのかい?

店主:えぇ、さようでございます。

旗師:そうかい、猫ってのは「慣れた器じゃないとエサを食べない」って習性があるんだ。

店主:さようでございますか?

旗師:あぁ、知り合いに動物に詳しいやつが居てな。割れた器を見ないと新しい器に納得しないってくらい。

旗師:猫は器に執着をするらしい。だからその皿も一緒に貰えないか?

店主:いえいえ、その子はその辺に執着が無い子です。皿も汚れていますので奥から綺麗な皿を持ってきます。

旗師:いやいや!その!その皿がいいんだよ!

店主:汚いですよ?

旗師:いやいや!その汚いの!汚いのが良いんだよ!

店主:はぁ・・・困りましたねぇ。

旗師:何が?

店主:この皿は・・・差し上げるわけには行かないのでございますよ。

旗師:なんで?

店主:実は・・・お客様はご存知で無いかもしれませんが。

店主:この皿は高麗の梅鉢こうらいのうめばちという皿でございまして。

店主:適当な店へ持って行っても300両。お好きな人なら500両はお出しになる。

店主:たいそう値打ちのある品でございまして・・・

旗師:え・・・?え!そ、そうなの!?

旗師:こ、こんな汚い皿が!?

店主:間違いございません。私の両親や祖先からずっと受け継いでいる皿でございます。

旗師:そ、そうなのか・・・へぇ。

旗師:(小声)なんだよ、知ってたのかおい・・・

旗師:(戻して)い、いやぁ。そんな値打ちのある品物には見えなくて。へぇ・・・うん。

店主:そういうわけでして・・・そのお皿はご勘弁頂いて、お椀をお持ちしますので。

旗師:(テンションががっくりと下がる)

旗師:お椀・・・?お椀じゃ意味が無いんだよ。

店主:へ?

旗師:あ、いや、何でも無いよ。

店主:では、お椀をお持ちになりますか?

旗師:え・・?いや、いらない。

店主:でも、「慣れた器じゃないとエサを食べない」ですよね?

旗師:飼育環境が一気に変われば大丈夫さ、知らないけど。

店主:さようでございますか。

店主:それでは、その子のことを可愛がってくださいね。

旗師:え?あぁ、可愛がる・・・よ?可愛がれば良いんだろ?

旗師:(猫に小声で)うるせえよ、もういいんだよゴロゴロは。

旗師:(猫に小声で)あっ!!こいつ懐(ふところ)の中でションベン引っ掛けやがった!何するんだ!

旗師:(猫に小声で)あー!一旦出ろ!毛だらけションベンだらけになるだろ!しっ!しっ!

旗師:(猫に小声で)これだから猫は嫌いなんだよ・・・

旗師:(戻して)どうでもいいけど、店主さん。そんな高価な物なら奥にしまうものだろ?

旗師:なんでそんな皿で猫にメシ食わせてるんだ?

店主:(嬉しそうに)

店主:えぇ、そのお皿で猫にご飯を食べさせておりますとね

店主:ときどき猫が3両で売れますんで。

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白石訳「猫の皿」 みのるしろいし @Shiroishi306

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