婚約破棄された悪役令嬢ですが、願いが叶う伝説付きの国宝級らしい婚約指輪を返し忘れました。急いでいるのでこのまま旅して行こうと思います。

達見ゆう

第1話 お約束の婚約破棄

「ただいまを持って、私ことバストネ王国第一王子ウルフェン・サイトはジェレミア・バイト嬢との婚約を破棄する」


 よく通る男性の声が広間に響く。

 ここはバストネ王国、彼は第一王子ウルフェン。婚約破棄を言い渡された女性は婚約者であるジェレミア・バイト嬢だ。彼女は顔つきが少しキツめというだけで、周りの評判は悪役令嬢ポジションだったからだ。とはいえ、意地悪をするわけではなく『何となく近寄りがたい』程度の評判であった。


「君は生徒会の副会長でありながら、マリア・ライト嬢に数々の嫌がらせをするという生徒会役員としても貴族令嬢としてもふさわしくない振る舞いをした」


 王子の口上は当たらずとも遠からずである。

 男爵令嬢なのはともかく、婚約者のいる男子生徒ばかり仲良くしていたのをジェレミアは窘めた記憶はあるし、授業の一環でペアを組んだ時に彼女の能力が低いからサポートしたのが見下した嫌がらせとなっているらしい。

 本当はその男爵令嬢と熱愛になったからだ。今も腕を組んで寄り添っている。

そもそも十三歳の時に決められた相手というだけで恋愛というより義務と思っていたので、彼女は王子の口上を聞き流していた。


 これから王家からの使いが家に来て、正式に婚約破棄を伝えられるだろう。出世に響くであろう父は言い分を聞かずに娘を勘当するだろう。それならばいっそ出奔して平民として暮らそう。


 とりあえず、ここは破棄を受け入れようとジェレミアは決心をした。いくら義務と思っていても、恋の熱に浮かされてる王子とは結婚したいとは思わない。


「破棄の件、了解いたしました。どうぞマリア嬢とお幸せになってください」


 彼女が返事をした途端、周りはざわつき始めた。王子もあっさり受け入れられたのか肩透かしを食らって呆然としている。

 恐らく王子はジェレミアの悪行とやらをダラダラ言って糾弾し、必死に弁明したり、破棄を取り消してくれと取り乱すと思っていたのだろう。

 周りも「え? やはりマリア様と?」「まあ……公然の秘密だったから」とザワザワしている。


 とりあえず、いろいろな意味でここにいては邪魔であると判断したジェレミアは口上を述べて去ることにした。


「改めて婚約破棄の件を受け入れます。正式な手続きは後日ということで、ではこれにて失礼します」


 そうして会場をあとにした。何か忘れてるような気がするが、気にしたら颯爽と退場する姿が乱れてしまう。いかなる時にも毅然と振る舞うのが貴族のたしなみである。


 そしてこれから取る行動も決めていた。


『颯爽と去る姿、格好良かったわよ』


 唐突に女性の声がした。キョロキョロするが人の気配はない。広間は騒ぎに包まれているし、ジェレミアを追いかけてくる者もいない。まあ、連れ戻しても婚約破棄の事実は変わらないのはあの雰囲気からして一目瞭然だ。


『ああ、戸惑っているのね。私はトリプラ。今はあなたの指輪の石に宿っているわ。この石の精霊でもあるの』


 そういえば婚約指輪をはめていた。宝石は聞き慣れないトリプライトという石。ダイヤよりも希少な石であり、国宝級らしい。


 しかし、返しに戻るのは締まりが悪い。あとで婚約破棄の手続きに返せばいいのだろう。しかし、精霊がいるとは今まで気づかなかった。


『本来は表に出ないのだけど、母親の想いに応えないバカ息子だったとわかったからね。その点、あなたは毅然としてかっこよかったわ。だから正体表してもいいかなと』


 そういうことかと納得した。


「事情はわかったわ。でも、急いであの家に戻るわ」


『まるでシンデレラね』


「こちらは振られた側だけどね」








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