君のサンタさん

Rokuro

君のサンタさん

人は機械に成り代わる。

機械は人の代わりになり得る。

いつしか人間は全ての出来事を機械に任せることになった。

それは、汚れ仕事も他ではなかった。


深夜0時過ぎ。

未だに輝くビルの光。

美しい光だと人は思い、忌々しい光だと機械は

星の瞬くビルの屋上、0度に差し掛かりそうな寒空だというのに。

その人影は息1つ吐かなかった。いや、吐くことはない。

人の姿をした、模倣ロボット。

姿かたちは人に似ているが、一番の違いはその肩だろう。

強力な磁力により、腕と肩は切り離され、宙に浮いた状態となっていた。

本人はまるで本当に腕が付いているように動かすことが出来る。

人間であればそうはならない。

その腕は鋼鉄に近く、図体と比べて随分大きく見える。

長さも長く、しゃがみもせず地面に付いてしまうほどだ。

黒いフードを被る、ウサギ耳のようなアンテナ保護の布が風に揺れた。

閉じた瞳、人に似た口。雪のように白い肌。カメリア色の髪の毛。

彼、いや彼女か。どちらにしろ、機械に性別などない。

『D-34029、固有識別コードAlbatraseアルトラーゼ。依頼対象のデータを送信する』

「受信」

ノイズの無いクリアな指示。

送られたデータには2人の姿が映っていた。

男性と女性だ。

名字が同じところを見ると、恐らく彼らは夫婦なのだろう。

この都市の一等地で暮らしているようだ。


彼らを殺す理由など、教えてもらえない。

彼等を殺す理由など、アルトラーゼは知らない。

ただ、与えられた指示を遂行するだけ。

人の魂など、命など、その心には存在しない。


対象のいる家に辿りつけば、真っ先に行ったのは熱感知だ。

この寒い気温であれば、人がいる場所には暖房があり、その反応が解る。

考えた通り、1か所だけ反応があった。


窓ガラスが割れる音。

誰かが叫ぶ声。

貫かれる音。

吹き出す血。

灯りもつかない部屋。

白いシーツは見る見るうちに赤く染まっていった。

先ほどまで生きて動いていた2人の体は、いつしか外の気温に晒され急激に低くなっていく。

驚くほど、早く終わってしまった。

都市部から少し離れた場所、古風な暮らしをしているとは聞いていた。

この時代、一軒家と畑で住んでいるなど珍しいものだ。

しかし、それだけでは執行される理由にはならない。

どうでもいいことだが。

アルトラーゼは手のひらに付いた血を眺める。

粘着質なその液体は、やがて外気に触れることで固まっていく。

「人のオイルは厄介だ」

一度こうなると手入れが大変だという事を知っている。

実際の手入れはアルトラーゼ自身が行うわけではない。

細部まで至れば機械部品の交換など、次の行動に呼ばれずスリープモードを過ごすことになる。

それはそれで、まあいいのだろうかもしれない。

「任務完了、戻りま……」

アルトラーゼは任務完了の連絡を入れていた。

その時、瞳の端に何かが映る。


幼い少女だ。

恐らく、この夫婦の娘だろう。

齢5歳の幼子が、扉を開けたまま呆然とこちらを見ていた。

「訂正、子どもがいます。対処の指示を」

『画像確認。こちらで回収します。到着まで待機を』

「了解」

アルトラーゼは通信を終える。

眼前の幼子はアルトラーゼを見つめていた。

ヒト、機械を殺す手段は持っている。

だが、今はこの子を傷つける指示は受けていない。

アルトラーゼは立ったまま待機をしていた。

恐る恐る、幼子はこちらへやってきた。

「あなた、サンタさん?」

「…」

「そうだわ、そうに違いないわ!素敵なプレゼントをありがとう!」

幼子は、嬉しそうに飛び跳ねてアルトラーゼにをしたのだ。

アルトラーゼは待機モードだが、データを巡らせた。

今まで行ったこのような事の際に、喜んだ人はいなかった。

出くわした人は怒りに身を任せ返り討ちに合うか、はたまた泣き叫ぶかの二択しかなかった。

こうしてアルトラーゼに礼を言う存在など、本部にも存在しない。

幼子は裸足で、こちらにやってくる。

……裸足で?

アルトラーゼは室温の差異を確認した。

この家に入る前に家の中では、夫婦の寝室以外は何処にもついていなかった。

つまり、この少女は冷たい部屋に居たというのだ。

それであれば寒さに強い幼子かもしれない。

しかし、0度近い気温だ。小さい子供の方が寒さを感じやすいはずだ。

アルトラーゼは幼子を観察することにした。

見ただけの識別になるが、通常の幼子より一回りほど小さく、痩せている。

体の至る所に、怪我のようなものが見受けられる。

青いアザ、細い鞭のようなもので叩かれたような蚯蚓腫れ。火を押し付けられたような跡。

(ああ…)

咄嗟に気付いたアルトラーゼは、全てを理解した。

依頼主は、この娘か……。

恐らくこの娘はこの夫婦に虐待されており、寝静まった深夜を見計らって本部に連絡。

裏が取れたことでアルトラーゼを起動して任務を行った。

今まで仲間たちの何人かの共有でこのような事を行っていた親の始末などは聞いたことがあるが、アルトラーゼがそれを受けるのは初めてだった。

ふと、アルトラーゼの手に幼子が触れた。

咄嗟の事で驚いたアルトラーゼはその手から離れてしまう。

幼子も驚いた顔をした。

「サンタさん、すごくおててが冷たいのね!待ってて、私が良いものもってきてあげる!」

そういって幼子は駆け出した。

アルトラーゼは、今の行動に余りにも齟齬を感じていた。

両親の死体。

その死体の前で見知らぬ機械に触れ、笑顔を見せる幼子。

心が壊れているのか、それとも、これが虐待の原因だったのか分からない。

幼子は、機械のアルトラーゼから見ても、

数分して再び足音が響き、幼子は大事そうに何かを抱えてやってきた。

「サンタさん、しゃがんでくださいな」

「……」

「お願い、私じゃ届かないの」

危害を加えるわけではないはずだ。

こちらも危害を加える命令は受けていない。

しゃがめというのをご要望なら、それくらい良いだろう。

アルトラーゼがゆっくりと片膝をついた。

視線が自然と幼子と重なる。

幼子の腕の中には、長い布が抱えられていた。

それをふわりと、アルトラーゼの首に巻いた。

機械だから、温かさを感じないはずだ。

けれど。

「ありがとう、サンタさん」

幼子が本当にうれしそうに笑うので。

(……?)

アルトラーゼの真鍮部が、少し熱を持った気がした。


数分して、本部がやってきた。

本部の人間が幼子を連れていく。

保護という目的だ。

もう二度と、彼女と会えないのだろうか。

アルトラーゼは、少し残念だった。


……?残念?


心の中にふと、浮かんだ考えを2回3回咀嚼した。

しかし、その結果を自分の脳に至らせることには出来なかった。

どういう事だろう、残念とは。

再び会いたいと、自分のマザーボードが願っている?

不思議な感覚をかみしめながらアルトラーゼが考えていると、本部の若い人間の1人がアルトラーゼの首に巻かれたマフラーに気付いた。

「お、どうしたんだそれ」

「先ほどの幼子から頂きました。必要な素材であればお渡しします」

「いや、プレゼントか。そうか、今日クリスマスだったよな」

クリスマス。

未だに旧人類の祭りを行う人間は少なくない。

彼もまた、それを楽しみにしている人間の1人らしい。

「貰っとけ貰っとけ。ハッピークリスマス。帰還命令が出てるはずだぞ」

そういわれ受信を確認すれば、数分前に帰還命令が出ていた。


「クリスマス……」

帰還中、ふともらったマフラーに触れる。

温かいはずはない、アルトラーゼたちは体温を感じない。

しかし、おかしかった。

内部機能がエラーを起こしているのか。

不思議なほど、温かく感じた。

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君のサンタさん Rokuro @macuilxochitl

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