護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には

月白ヤトヒコ

質問なのだが、君達の言う『それ』は、愛なのだろうか?


「質問なのだが、君達の言う『それ』は、愛なのだろうか?」


 俺は、目の前で肩を寄せて寄り添い合って座る二人へと質問した。


「なんだとっ? そもそもお前がっ! 彼女に寂しい思いをさせて傷付けたのが悪いんだろうがっ!?」

「やめてっ!? わたくしが悪いのです! わたくしが、この人を愛してしまったからっ……」

「いや、あなたはなにも悪くない」


 俺の質問に声を荒げる男と、顔を覆う女。そして、その女を慰めるように抱き寄せ、俺を強く睨み付ける男。


 なんとも馬鹿馬鹿しい茶番。そう思ってしまうのは・・・俺の性格が悪いからだろうか?


 俺と、目の前で泣いている女とは、所謂政略的な婚約をしている。そして、俺を睨む男は彼女の護衛騎士だ。しかも彼は、うちが彼女へと付けた護衛騎士、だったはずなのだが・・・?


。.:*・゜✽.。.:*・゜ ✽.。.:*・゜


 ことの発端、と言えるのか・・・


 まぁ、ぶっちゃけ。彼女の家が没落寸前で、俺の家は爵位は無いが、成り上がりの商家。彼女の家はそこそこの由緒と伯爵位を持っているが、金が無い斜陽の貴族家。


 そして、うちは親父がそろそろ爵位が欲しいと思っていた。


 そんな親父が、嫡男のいない没落寸前の貴族家を探して話を持ち掛けたのが、彼女の家だった。


 没落して領民を露頭に迷わせるよりは……と。伯爵である彼女の父親も頷いたという。成り上がりの商家の息子を婿養子に取るという縁談には、随分と葛藤していたようだが。


 結局は背に腹は代えられぬと利害が一致して、俺と彼女との政略的な婚約が結ばれた。


 俺と彼女は、そういう関係だった。


 なので、彼女としては金で買われたという気分で、非常に不本意つ気に食わない婚約だったと言えるかもしれない。


 俺の方が彼女よりも五つ上で、俺なりに彼女を丁重に扱っていたつもりではあるが・・・


 商家の出の俺は、貴族の習慣などに疎い。それは自覚している。だから、勉強して貴族らしさというものを身に付けている最中だった。


 しかも、彼女の家の財政事情や領地経営の見直しに時間を割きながら。


 忙しくはしていた。


 彼女に寂しい思いをさせていた、という一点では、俺が悪いのかもしれない。


 しかし、イベントごとの贈り物やメッセージカードは欠かしたことはない。ただ、彼女と顔を合わせても、話が弾むようなことはなかった。義務的で事務的な交流と、全く広がらない会話でお茶を飲む居心地の悪い時間。それが寂しかったと言われれば、俺が悪いのかもしれない。


 そもそもが、なんで自分を金で買った男と? という不満もあったのだろう。貴族令嬢のクセに、顔や態度に出捲りだったし。


 しかし、誰の家のために忙しくしていたのだ? と、問いたい。


 まぁ、あれかもしれないが・・・


 没落して使用人が減ったという彼女の家に、うちの方から使用人達を派遣した。一応、古参の使用人達との兼ね合いもあるからと、ハウスメイドやランドリーメイドなど下級の使用人を手配した。


 困っていると思ったから。俺なりに、彼女と彼女の家のためになるよう、心配りをしていたつもりだった。


 そして、俺が同行できないときの外出のために、うちから護衛騎士も付けた。


 今思えば……既婚ではない、しかも若い男を護衛騎士として付けたのが良くなかったのかもしれない。


 うちが雇っている、高位貴族の息子。それが、彼女の不貞相手だ。



「ごめんなさい、わたくし、この人を愛してしまったの。だから、あなたとは結婚できません」


 大切な話があるから、どうしても直接話したいのだと彼女に呼び出され、告げられたのが先程のセリフ。


 不本意な婚約を迫られている令嬢が、自身を守ってくれる護衛騎士と恋に落ちる、という話はよくある。如何にもな、お嬢さん達が好みそうな恋物語に。大衆演劇にもよくある、ありふれた話だと言えるだろう。


 ただ、それが俺自身の身に降り掛かるとは、全く想像もしていなかったが――――


「それで? 俺に君との婚約を解消しろ、と?」


 彼女は黙って俯いた。


「君の父上は了承しているのか?」


 俺と彼女の婚約は、彼女の家を立て直すためのもの。個人の感情は関係ない政略。


「ああ。彼女の父上も、承知の上だ。それに、彼女の腹には俺との子がいるんだ」


 告げられた言葉に、そうか……そういうことだったのか、と納得してしまった。


 元々、成り上がりの商家の入り婿として彼女の家に歓迎はされていなかった。


 婚約打診の段階で考えさせてほしいと言われ、『断るというのなら、別の相手を当たる』と父が言ったから、彼女の父としては苦渋の決断だったのかもしれない。


 うちとしては、彼女の家は爵位を手に入れるために条件のいい候補の一つ。


 断られれば、別の家に打診をするだけ。そう答えた父に、彼女の父は俺と彼女の婚約を了承した。俺の婿入りと、うちが彼女の家を支援することを条件にして。


「寂しかった、の……あなたは、仕事で忙しくして、わたくしのことなど見向きもしなかった」


 涙に濡れた瞳が、伏し目がちに俺を見やる。


「ああ。それで、悲しむ彼女を見兼ねた俺が、彼女を口説いて慰めた。だから、彼女は悪くない」

「お父様も、わたくしの気持ちを優先してくれるって。そう、言ってくれました」

「だから、頼む。彼女との婚約を解消してくれ!」

「ごめんなさい……」


 寂しかった、か。


 よく言えたものだな……と、呆れてしまう。


「質問なのだが、君達の言う『それ』は、愛なのだろうか?」


 俺は、目の前で肩を寄せて寄り添い合って座る二人へと質問した。


「なんだとっ? そもそもお前がっ! 彼女に寂しい思いをさせて傷付けたのが悪いんだろうがっ!?」

「やめてっ!? わたくしが悪いのです! わたくしが、この人を愛してしまったからっ……」

「いや、あなたはなにも悪くない」


 俺の質問に声を荒げる男と、顔を覆う女。そして、その女を慰めるように抱き寄せ、俺を強く睨み付ける男。


 なんとも馬鹿馬鹿しい茶番。そう思ってしまうのは、俺の性格が悪いからだろうか?


 寂しいもなにも、俺との交流を望まなかった……いや、拒んでいたのは彼女の方だと思うのだが? 彼女は自分が金で買われたと不満に思い、商人風情と俺を見下していた。


 りとて、俺や親父が手配し、支援することで持ち直した生活を享受していた。


 それでいて、寂しいとは笑わせてくれる。


「寂しかったら、身体で慰めてもらうのですか? 貴族令嬢が?」

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